翔 竜 伝


仕事をこなすだけで無駄に費やす日々。

刺激と変化を求めるが行動を興すことはない。

それが現実だ。

オンラインゲームという仮想世界は日常を一時だが忘れさせてくれる。

このゲームを始めたのに大きな理由は特になかった。

実際始めてみると以前からの仲間が同じ時期に同じ国で始めていた。

不思議な始まりから、気が付けば1年以上やっている。

これは翔竜というキャラクターを通して、ベルアイルという世界で作られた物語。


2006.5.27 樹上大陸「ベルアイル」に一人の男が降り立った・・・


●プロローグ

●仕官までの道程〜 ボーダー王国 〜

●仕官までの道程〜 アリアバート女王国 〜

●仕官までの道程〜 カルガレオン王国 〜

●迫り来る脅威とガーディアン

●ギルドと限界と予兆

●覚悟のために

●デモニカ前哨

●デモニカの脅威

●ボーダーの攻防

●復興の中の企み

●笑顔が奏でる福音


●始まりの時

 


 

●プロローグ


これは夢だろうか?
暗闇の中、導かれるように自分を呼ぶ声の方向へ歩いていく
『あなたを待っている人がいます。はやくこちらへ・・・・』
遠くに白い小さな点を見つけると、そこが目的の場所なんだと不思議と分かる。
小さな点の光が大きくなるにしたがって、足元には不思議な光景が見える。
 
広大な土地、点在するように城や街があるのだが、地の果てから黒い影が大地を侵食していく。
黒い影の先端にあたる荒れ果てた場所には多数の異形の者がいる。
黒い影は遥か先にある淡い光に包まれ白く荘厳な城と街を目指して進んでいるように見える。
街から武装した人々が黒い影に向かう。他の方面からも続々と影の先端へ多くの人が進む。
そんな光景とは別に、街から少し離れた林の中の小さな家に意識が惹かれた。
大きくはないが手入れの行き届いた家、庭に小さな家庭菜園もある。
小さな2人の子供、美しいが今にも泣き出しそうな顔をした女性。
その3人に見送られている1人の男。

逞しい体と精悍な顔立ち。
全身を被う鎧と青白く輝く巨大な剣を背負っている。
別れを済ますと彼は金色に輝く生物に跨り、黒い影の先端へと走り出す。
 
見下ろしていた風景から意識を前方の白い光に向けた瞬間、光に意識は飲み込まれた。
光が去るにしたがって周囲は戦場であることが分かる。
巨大な異形の者へと挑みかかる人々、足元に転がる多くの屍。
異形種の先頭を進む他よりも大きな者に殆どの人々が倒されている。
増える逃走者に前線は崩壊寸前だった。

再び惹かれる意識の先には先程の男がいる。
彼は周囲の者へ何か指示をだすと単騎で異形の者の群れに突っ込んでいった。
青白い光が彼のいるであろう場所から大きく広がり、異形の者達の前に光の壁を作る。
突然、視界は遥か上空から見下ろすようになった。
彼がいたであろう場所からは、相変わらず青白い光が横に広がっている。
更に大地を包むように各地から青白い光が溢れ出す。
全ての光が大地を包み込むように繋がった瞬間、巨大な樹が大地を天へと持ち上げた。

意識は先ほどの彼を探して彷徨う。
惹かれるように彼を見つけた。
彼は天に向かう大地を誇らしげに、そして寂しげに見守っていた。
その足元には彼から流れ落ちた血で赤く染まっている。
彼はその場に倒れると、私を見た。見たような気がした。
『後を任せてもいいか?』
力強いが穏やかな声が、世間話でもするかのように語りかける。
返事をする間もなく彼は異形の者達の足元に消えていった。
 

再び周囲を白い光が包む。
意識は光の広がりと共に薄れ、時間概念のない世界を彷徨う。
光が薄れ始めると、見慣れない造りの神殿と見知らぬ神官。
今は自分の姿が見える。
見た感じはわずか12・3歳。
頭がボーっとしている。何故この場に居るのかが理解出来ない。
何かに導かれた気がするが、思い出せない。
 
目の前の神官が話を始める。

『導かれし魂が宿木を見つけたようだ。この世界へと転生した 者よ、名をなんという?』
無意識に口から出た。
翔竜・・・翔竜といいます
『翔竜か、遠い昔に聞いたことのあるような気がするのぉ』
『まぁよいわ。翔竜よ、よくぞベルアイルへと来られた』
『まずは簡単にこの世界について説明致そう』
『この世界は・・・・・(中略)』
 
この世界は巨大な樹の上に存在しているらしい。
アリアバート女王国・カルガレオン王国・ボーダー王国の3つの国から成り立つ。
この国はドラゴンスレイヤー ボーダー王が興したボーダー王国だそうだ。
他の2国と比較すると、歴史は浅いが活気溢れる国だと説明された。
神官が他にも何かを説明していたが、ボーっとした頭では殆ど理解出来なかった。
 
『・・・・という訳じゃ。理解出来たかね?』
は、はい。
『まずはボーダー王に会うといいじゃろ。神殿街から直接は向えないので
一度街に出てから城に向うといい』
わかりました
ボーダー王ですね

その言葉だけを脳裏に焼きつけ、神殿街を後にした。
 
街に出ると風景が一変した。
神殿街とは比較にならない賑やかな街、その中を城を探して彷徨う。


街角に座っている老婆が子供たちを集めて昔話を聞かせていた。

『今からずっと昔のことじゃ』
『まだこの世界が地上にあったこ ろ、人々は
広い大地で自然に感謝しながら自由に暮ら しておった』
『そんなある日、この世の果てから黒い雲が湧き上がったそう じゃ』
『その小さな雲はたちまち地上を覆いつくし始めてのぉ、多くの村や集落が黒雲に飲み込まれたんじゃと
『黒い雲に住むところを奪われた者達が巨大な樹の近くの街を目指して集まったんじゃが、何故だか分かるかい?坊や』
『なんで〜?』
『それはのぉ』
『今では見ることも出来ぬがの、地上には始原の大樹という大きな樹があったそうじゃ
『世界の誕生と共に生まれた最初の木で、全ての生命の根源といわれておる』
『始原の大樹はの、この世界中の魔力の源とも言われておるんじゃよ』

『逃げて来た人々の話では、黒い雲の下には異形の鬼がおって鬼が進むと黒い 雲もついて来たんだと』
『それから地上に住む者達と鬼達との戦いは千年続いたと言われるほど続いたそうじゃ』
『しかし頑張りも虚しく、世界中の殆どが黒い雲に覆われてしまったんじゃが、始原の大樹の周辺には
黒い雲もなかなか近づこうとせんかった』
『大樹にはあらゆる種族の者が集っておっての、どうしたらええか相談したそうじゃ』
『それでどうなったの?』
『巨人族の魔法のアイテムを使って、地面ごと空に逃げようとなったんじゃ』
『それじゃ、はやく上げちゃえばいいじゃ〜ん』
『そうじゃの』
『しかし大地を空に上げるにはとても長い儀式と 特殊な結界が
必要なんじゃよ』
『いよいよ魔法が使えるという時、鬼は急に速度を上げて 迫ってきたんじゃ』
『全ての種族が総がかりで魔法の儀式を守ったそうじゃよ』
『人間以外にも沢山の種族が命をかけて守ってくれたそう じゃ』
『その時に滅んでしまったり、鬼の影響で乱暴になった者もおったようじゃの』
『じゃが、みんなは家族や愛する人を守る為、
鬼の侵入を防いだんじゃ』
『大地を囲む特殊な結界はの、6本の魔法の剣で決まった場所 を刺し、
魔法が使われるまで耐えねばならんかったそうじゃ』
『無事に結界と魔法が発動して、大地は巨大な樹によって天ま で持ち上げられたんじゃよ』
『6人の勇者とエルフの賢者様のおかげで、ベルアイルの人々は 今もこうして過ごす事が出来ておるんじゃ』
『よいか、幼子達よ。今の平和な世界は多くの犠牲の上にある事を忘れてはいけないよ?』
『『はーい!』』

『ねぇねぇ、鬼はなんて名前なの?』
『古い文献ではデモニカと呼ばれていたそうじゃ』
『勇者様達の名前知らないの?』
『アリアバートの図書館なら何か資料があるかもしれんのぉ』
『じゃが、一番多くの鬼が集まった場所を守ったのは人間族の勇者様じゃったそうだ』
 
なぜだかその人物を知っているような気がした。
『後を任せてもいいか?』
言葉が蘇る。
しかしそれ以上は霞の向こう側でぼんやりと見えるだけだった。
 
城の前には大きな広場と噴水。木陰の影では恋人同士が愛を語らい、
噴水の近くでは子供たちのはしゃぐ声が聞こえる。
そんな日常の風景や活気ある街中から、この国は良い国なんだと感じられた。

 

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●仕官までの道程〜 ボーダー王国 〜



ボーダー王国
英雄王ボーダーに統治されている、自由な風潮の強い国。
都のあった地域はかつて竜により支配される危険極まりない魔境であったが、いずこより現れた旅の戦士ボーダー1世が 6人の仲間を集め、竜を討ち取り、王となった。
ボーダーは王になった後も、かつて自分を支えた商人や職人に対する恩を忘れなかった。
ボーダーは商業の発展と様々な新技術の開発に惜しみもなく金を使い、短期間の間にカルガレオンやアリアバートに匹敵する国家に育て上げることに成功。
また王を慕い、多くの冒険者が都を訪れている。


城門の前にいる衛兵に、神殿街の神官からの紹介だと伝えるとすんなり謁見の間まで通された。
アーチを潜り謁見の間へ踏み入れると、視線の先には堂々たる王の姿が佇む。
王からは強い信念・何者にも屈しない風格が感じられ無意識に膝をつく。
『名は翔竜か、良い名だ。面をあげるがよい。』
王の言葉に従い顔を上げる。
王と視線が交差すると風格に隠れるように別の面が見えた。
少年のように好奇心に溢れた瞳、直ぐにでも飛び出しそうな躍動感あふれる体。
決して玉座に座り時を過ごすような人には見えなかった。
 
『神官殿からの紹介と聞いたが間違いはないか?』
はい、その通りです
『ならばお主は転生者か。よくぞベルアイルへ参られた。』
『この世界では転生者を縛り付けるような事は何もない。おぬ しの好きに過ごすがいい』
『もちろん犯罪は見逃すわけにはいかんがな。はっはっはっ は』
この王は太陽のような人だとふっと思った。

『今はまだこの世の仕組みも分からぬであろう。そこのアー ヴィンに話を聞くといい』
 
アーヴィンの説明は丁寧で分かりやすかった。
この世界では生活するには大きく分けて2通り。
戦いを生業にして報酬を得るか、生産者として製作物を売って生業とするかだ。
『生計を立てる為の話は、街中にいる案内人が詳しく説明して くれるだろう』
 
生産者の注意点としては、産業発展により国毎に製作出来る品物が異なるようだ。
『産業に関してはそこの産業大臣が詳しく説明してくれる』
 
転生者はガーディアンなる者を召還して一緒に戦う事が出来たり、採取を手伝ってくれる。
 
仕官する事で年に1回の給料と、階級によっては上位装備品が使えるようになる。
『強さを求めるならば仕官を勧める』
『しかし仕官を望む場合、ある程度の技量が必要となるのだが・・・今はまだその時期ではないようだ』
 
『後を任せてもいいか?』
言葉が蘇る。
強さ・・・
守る為の強さを心が渇望している。
 
仕官することで国に拘束されるのですか?何か義務は発 生しますか?
『自由でかまわん。周囲のモンスターを狩ろうが生産を生業としようが、何もしないで過ごすも自由だ』
『しかし自国に有事が発生した際には、第一優先で防御にあたってくれ。』
『まずは街の人々に話を聞いて回るといい。仕官をする気になったら訪ねて来い』
『3度の試練を乗り越えれば仕官への道も拓かれるだろう』
『それまで、己を鍛えることを怠るなよ』
 
城を後に翔竜は街へ戻った。
生きる為にはお金が必要だ。
街には依頼斡旋所があり、多くの依頼が寄せられている。
依頼を果たす事でわずかではあるが報酬が貰える。
依頼の数は多いが、装備もままならない状態では戦闘も出来ない。
子供のお使いのような依頼から始める事にした。
 
斡旋所には無料で色々教えてくれる依頼もあり、戦闘をする際の基本事項は
覚えることが出来る。
簡単な魔法も使えるようになると、郊外へと狩りに行き皮や果物を売って
生計を立てるようになった。
体を鍛えるために鉱石を削りに行ったことも何度かあった。
 
日々をボーダーの街中で過ごしていると、以前に感じた守る為の強さを益々意識するようになった。
お世話になっている宿屋の女将、食事に行くとそっと大盛にしてくれるマスター、いつも明るく挨拶してくれる衛兵や案内人。
露店を出していると遊んでとせがむ子供達、何より自分を受け入れてくれたこの国と人々。
自分のやりたいこと、やるべき事が少し見えてきた気がした。
 
翔竜は再び王城へ赴いた。
王に仕官の為の試練を受けさせて欲しいと伝えると、王は何も言わず黙って頷いた。
アーヴィンが試練の内容を説明する。
『戦闘系の試練でよいのだな?』
はい
『ならば城から東にいった公園にバットという者がいる』
『その者が資格ありと判断すれば試練を授けるだろう』
『まずは会って話を聞くといい』
わかりました
 
バットは気さくな人だったが、技量不足は一目で見抜いた。
出される試練と日々の鍛錬。
少しずつではあるが自分が成長していくのが分かる。
いくばかりの時が過ぎただろうか。翔竜も仕官まで最後の試練を残すのみであった。
バットから最後の試練への挑戦を許可されると翔竜はアーヴィンのもとへ向かう。
 
『思ったより早かったな。』
アーヴィンがニヤリと笑ったように思えた。
『これが最後の試練だ。覚悟はいいな?』
はい、お願いします
『これから翔竜にはアリアバート女王国・カルガレオン王国へ 赴いてもらう』
『各国は私と同じように王をサポートする者がいるはずだ。そ の者と話をすれば、新たな試練を出されるだろう。』
『事前に言っておくが、今回の試練は今までのように簡単では ないぞ』
『しかし今まで乗り越えた試練で培った経験は必ず役に立つ』
『各国には私から「未来の勇者が訪問するので、それに見合っ た試練を与えてくれ」
とでも言っておこう。』
アーヴィンの冗談としか取れない言葉を聞いて張り詰めていた緊張が少し解れた。
 
『全ての試練を達成することが出来たら戻って来い』
『もちろん途中で投げ出すのも自由だ。長い旅になるぞ、準備は怠るなよ?』
『あぁ、そうだ、この機会に世界を見て回るといいだろう。』
アーヴィンは含みを残すような言葉で締め括った。
必ず達成して戻ってきます
 
これまでの試練と鍛錬で、郊外での狩りは危険を感じなくなる程に成長していた。
その成長は心に驕りとなり、出発から何日もしないうちに甘さを思い知る。
 
この美しい世界には闇も確かに存在する。
今まで陽の光の中で過ごしてきた翔竜にとって、闇に従属するモンスターとの出会いは脅威以外の何者でもなかった。
強敵を避けるために湖を大きく迂回した。
砂漠で食料が切れ、モンスターに追われて逃げるのもギリギリだった事もあった。
大切な荷物を奪われても、取り戻すだけの力量もない。
ドラゴンは見ただけで逃げ出した。
 
自分はまだまだ未熟だ。アーヴィンはおそらくこの事を言いたかったのだろう。
『途中で投げ出すのも自由だ』
この言葉が何度脳裏をよぎったろう・・・・
道に迷い見知らぬ街に辿り着き、その街で生涯を過ごすのも悪くないと思ったこともあった。
その度にあの言葉が蘇る。
『後を任せてもいいか?』
歩みを止めるわけには行かなかった。
 
ボーダーを出て何日が経過したろう。
食料も底を尽き、空腹と疲労で目が霞む。
周囲の雰囲気が変わったことに気が付いた。
緑が多くなり、モンスターも襲ってこない。
見ている風景が現実か幻かの判断が出来ないまま歩き続けた。
遠くに白く荘厳な輝きを放つ建物が見える。
ア・・・アリアバート、あれが魔法王国アリアバート・・・・ か・・・
荘厳な白い輝きに意識が飲み込まれる。
薄れ行く意識の中で白い建物だけがいつまでも鮮明な輝きを放っていた。
 

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●仕官までの道程〜 アリアバート女王国 〜



アリアバート女王国
地上世界より様々な遺産を受け継ぐ、最古の王国。
かつて初代アムリタがプラーナ平原にアリアバートを建国するも、突如現れたデモニカの侵攻を受けハリドバール地方への遷都を余儀なくされる。
魔術と文化の国と呼ばれ、歴史と伝統を重んじる風習がある。
国民性は極めて穏やかだが、他国の事件には無関心と、あまり誉められない一面もある。
国家元首はアムリタ女王。
代々アリアバートでは母系社会が構成されており、女性が国王として君臨している。

 
う〜〜〜〜ん、よく寝た〜〜〜〜っ!
おもいっきり伸びをする。
どこだ、ここは?
意識を失ってから、今までの記憶がない。
 
どうやらテント内であることは間違いないらしいが、周囲に人の気配を感じない。
怪しみながらテントを出ると、人目に付かない場所をわざと選んでいるように感じる。
盗賊にでも捕まったかとも思ったが、拘束はされていないし荷物も無事だったので盗賊ではなさそうだ。
すると目の前に気配を殺した男が「すっ」と現れた。とっさに身構えるが武器はテントの中だ、自分の迂闊さを呪う。
しかし現れた男は、こちらの警戒を気にする素振りもない。

『お、目が覚めたか。体は平気か?行き倒れなんて久々に見た よ。あははははは』
屈託の無い笑顔。

助けて頂き、ありがとうございます。 ここは何処ですか?ア リアバートが見えた気がしたんですが?
『ここはアリアバートから南へ1日くらいの場所だ。森を抜ければ城が
遠くに見えるだろう』
良く見ると男の剣にはアリアバートの紋章がある事に気が付いた。

あなたはアリアバート城の方ですね? こんな場所で何をして いるんですか?
『あ、ばれちゃった? まいったな〜』
『これでも隠密行動中なんだよ。会った事は内緒にしてくれよ』
ウィンクで黙秘を促す。

隠密行動とは穏やかではありませんね
『おぃおぃ、変に勘繰らないでくれよ』
『あまり人には知られていないが、各国の王は各地に斥候を放っているんだよ』
何か理由があってのことですね?
『君はこの世界が平和だと思うかい?』
ええ、無茶な旅に出なければ・・・・
翔竜は行き倒れた恥ずかしさで耳まで赤くなった。

『たしかに自ら危険に飛びこまずにいれば平和かもしれないね』
『君はデモニカを知っているかい?』
デモニカという単語に、翔竜は心の奥で小さく燃え上がる何かを感じた。

昔話に出てくる、地上界を襲った悪鬼ですよね?
『昔話か。人々の記憶から消えつつあるんだな。』
どういう意味ですか?昔話では無いのですか?
『君は仕官を目指して3国を旅する途中だった。違うかい?』
何故分かるんですか??
『今、各国では城仕えを多く募集する動きがある』
『それが何を意味するか分かるかい?』
3国間での戦争?そんな噂は聞いたことないですよ!
『3国で争うことはありえない。それ以上の脅威が存在しているからね』
それが・・・・デモニカだと?
『今はまだ確かな事は分からない。だが、何かが起こってからでは遅いんだ。』
『我々はその為に各地の動向を窺っているのさ』
『何も起きないのが一番だ』
『それでも君のような行き倒れを助けられれば、ここにいた意味もあるってもんだろ?』
ウィンクで同意を促す。

『さぁ、城までは残りわずかだ。辛い試練が待っていると思うが負けるなよ!』
お世話になりました
翔竜はお礼を言うと、城に向かって歩き出した。
 
これから受ける試練以上の事が起こるかもしれない。
その時、自分はどうしているのだろうか?と自問自答しても答えは出ない。
 
北へ1日歩くとアリアバートに辿り着いた。
街には不思議な装置が点在する。
ゲートの魔方陣が描かれており、そこに立つと街中にある別の魔方陣まで移動できる。
見回すとローブに身を包んだ魔法使いのうような人が多いように感じるが、街の活気はボーダーに負けていない。
 
通行人に城の場所を聞くと、丁寧に最寄のゲートの場所も教えてくれた。
さっそく城の一番近くまで移動出来る魔方陣へ飛び込む。
 
アーヴィンから話が伝わっていたようですんなり謁見の間へ通されると、正面には美しく気品漂うアムリタ女王。
揺るがない信念と決意を持った瞳に射抜かれる。

翔竜と申します
ボーダーより試練を授かりに参りました
『長い道中ご苦労様です。話は聞いていますよ。』
女王の穏やかで包まれるよな声は安らぎを与えてくれる。
『さっそくですが試練を受けて頂きましょう。詳細はそちらのウキョウからお聞き下さい。』
 
女王の脇には、きっちりした感じの男が控えているが、なにか見た目に違和感を感じる。
人とは思えない美しさと尖った耳・・・・エルフ!?
感じた事は口には出さずに挨拶をする。
よろしくお願いします
『話はアーヴィン殿から聞いています。我が国からあたえる試 練の説明を致します。』
『アリアバートを南下していくとコンゴウ平原へ出れる。その 南南西にゴブリンが砦を築き、我が物顔で旅人を襲っていると報告が入っています。』
『ゴブリンは組織的な行動をする種族ではないのですが、ゴブ リンロバーが指揮をしていると思われます。』
『あなたにはリーダー格であるゴブリンロバーを討伐して頂きたい。よろしいですか?』
わかりました
『困難だと感じれば他の者と一緒に向かうのも良いでしょう。 倒す数は問いませんが、必ず報告に戻って下さい。』
『何か質問はありますか?』
大丈夫です
 
城を後に翔竜はボーダーからの道程を戻るようにコンゴウ平原へ向った。
整理された街道を使えば危険も少なく、街で十分補給してきたので途中の敵は苦労せずに倒せる。
 
林の影にゴブリンらしき姿がちらほら見え始めると、木の切れ間から距離はあるが原始的な建造物が見えた。
途中のゴブリンとは極力戦闘を避け、砦に到達すると他とは明らかに違うゴブリンが広範囲に点在しているのが分かった。

旅人を襲うと聞いていたので、確認出来る範囲のゴブリンロバーは倒してしまうことにした。
最初の1匹を決めると相手が気が付く前に先制攻撃を仕掛ける。
確かに他のゴブリンと比較すれば強いかもしれない。
しかし攻撃力を犠牲にして得た翔竜の敏捷さの前では相手の攻撃も空を切るだけだった。
相手は点在しているおかげで複数を相手にする必要はない。
кУστζ ηЭυρ!!
大きな断末魔と共に最初の1匹が倒れると、周囲の空気が変わった。

しまった!
あれは周囲への警告だったのか
視界の範囲だけでも5匹のゴブリンがこちらに向かって走ってくる。
しかも2匹はロバーだ。
1対1であれば負ける気はしない翔竜でも、複数となれば話は違う。
普段は使うことを避けているドーピング食を口に放り込むと四肢に力が漲る。
自らを鼓舞するように大きな声で叫んだ。
さぁこいっ!!
 
激しい戦闘の末、満身創痍ではあるが周囲のゴブリンは一掃できた。
これで当分は大丈夫だろう
傷ついた体を引きずる様に翔竜は帰路についた。
あぁ、そうだ
また彼のところで休ませてもらおう
 
目を覚ますと体中いたる所に包帯が巻かれていた。
また、お世話になってしまいましたね
『今回は行き倒れなかっただけマシさ』
ウィンクで同意を求めるのは彼の癖のようだ。

そういえば、まだお名前を聞いていませんでしたね
『ダンだ。よろしくな、翔竜』
えっ?なぜ私の名前を?
『あぁ、内緒なんだが・・・』
ダンは秘密を守るには向いていないように思えた。

『数日前にウキョウから使者がきてな「翔竜という若者が試練に挑むから
助けてやってくれ」と言われていたんだ』
そうだったんですが・・・一人で試練を乗り越えたわけではな かったんですね
失意と自分の力のなさを感じる。

『おぉっと、勘違いしないでくれ。俺は一切手出しはしてないぜ!』
『おまえ自身の手で試練を乗り越えた、自信を持ちな』
本当ですか?
『間違いないって。俺は見つからないように見守っていただけだ』
『暖かい眼差しでな』
ダンのウィンクを苦笑いで返すが、心は安堵で満たされた。

そういえば、今ウキョウって呼び捨てにしませんでした?
『奴とは昔からの付き合いでね・・・・一緒に死線を乗り越えた仲間なんだ』
彼等も人には分からない歴史を積み重ねてきたのだろう。

表と裏からお互い国を支えているんですね
『格好良く言えばな。俺は目立つのは苦手なんだよ』
照れながら微笑むダンに翔竜は尊敬の眼差しを向けていた。

『さぁ、早いとこウキョウに報告してやれ。見事果たしましたと胸を張ってな 』
『おっと、すまんがコレをウキョウに渡してもらえないか?』
一通の封書を手渡された。

間違いなくお届けします
『すまんなぁ。さぁさぁ、急いで報告を終わらせちまいな』
ダンのウィンクに笑顔で答えてその場を後にした。
 
只今試練を終えて戻りました
『報告は聞いています。何匹でも構わないとはいえ、あの辺を一掃してしまうとは』
『暫くは旅人も安心出来るでしょう、礼を言わせてもらいます』
『ダンが君は見所があると言っていたぞ』
小声で話すウキョウの笑顔がダンの照れ笑いとダブって見えた。

ダンからの預かってきました
預かった封書をウキョウに渡すと、その場で封を開き目を通す。
ウキョウの顔に一瞬だが緊迫の色が浮かびすぐに消えたが、女王に何やら
耳打ちをしている。
女王はその場でペンを取り、何かを書くと封筒へ忍ばせた。
 
『次はカルガレオン王国へ赴いて頂きます』
『すでにアーヴィン殿からの連絡は届いているとは思います が、念のため女王からの報告書をお持ちください。』
アリアバートの印で密封された一通の封書を受け取った。

『さぁ、最後の試練が待っています。君の前途に幸多き事を祈っています』
深くお辞儀をして謁見の間を後にしようとすると背後から声を掛けられた。

『翔竜、あなたがアリアバートに仕官したくなったらいつでも お越しなさい』
『歓迎しますよ』
アムリタ女王の優しい言葉が胸に沁みる。
再び深いお辞儀をすると翔竜はアリアバートを後にカルガレオンへ旅立った。
 

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●仕官までの道程〜 カルガレオン王国 〜



カ ルガレオン王国
武王、カエサリウスが支配する軍事国家。
元はアリアバートから派遣された南方の開拓者を守る兵士の一団だったが、デモニカ大侵攻の前にアリアバートが遷都を余儀なくされたときに独立、現在に至 る。
都の周りはオークとオーガに囲まれ、大変危険な土地だが、屈強な5つの騎士団によってその侵攻を撃退している。
そんな土地柄、力の強 い者、戦士や騎士は無条件に尊敬と崇拝の対象とされる。
周囲の山岳地帯からは良質な金属が採れるため、腕のいい武具職人も多い。
その武具を求めて騎士や戦士が多く訪れる。
 

カルガレオンへは一瞬で辿り着いた。
ウキョウの手配でアリアバートの魔術師がゲートを開いてくれたおかげだ。
『さぁ、カルガレオンへのゲートが開きました。お入り下さ い。』
街中にあったゲートのような光の輪が地面に浮かび上がっている。
『ゲートの先はカルガレオンとなります。またアリアバードへ もお越しくださいね』
魔術師の優しい言葉とゲートのお礼を言うと、翔竜は光の輪の中に入った。
ゲートに立つと体が引き上げられる様な感覚が襲い、次の瞬間に風景が一変した。
 
カルガレオンでも謁見の間へはスムーズに通される。
正面に武王カエサリウス。控えるようにレグルス。
カエサリウス王からはボーダー王に似た雰囲気を感じたが少し違うようだ。
ボーダー王を自由奔放というならば、カエサリウス王は組織の人。
そんな感じだ。
 
ボーダーより参りました翔竜と申します
アリアバートの試練を終え貴国へ参りました
これはアムリタ女王より預かった封書です
『遠路ご苦労であった』
重く響く声だ。

レグルスから王へと封書が渡る。
開封し読み始めるとカエサリウス王の表情が一瞬陰った気がしたが王は何事も
無いように言葉を発した。
『事前に連絡は受けておる』
『こちらの報告書にもアリア バート の試練を
無事終えたと女王直筆で証明してある』
『時間が惜しい』
『さっそくレグルスから試練の説明を受け てく れ』

時間が惜しい、という言葉に何かを感じながらも試練の説明を受ける。

『レグルスと申します。お見知りおきを』
『さっそく最後の試練の説明をさせて頂きます』
『今回の試練は必ず同じ試練を行っている生産者を同行して頂 きます』
1人で挑んではダメなんですか?
『はい。あなたの力量はすでに前の試練で証明されています』
『今回の試練も大変とは思いますが、パーティーの重要性を知 る事が
目的と思って頂きたい』
英雄王もパーティーで偉業を成し遂げた。
1人の力には限界がある。

『同行者は生産者としての試練を行っている者か、既に生産者 として試練を
終えた者どちらでも結構です』
『パーティーは何人で組んで頂いても構いません』
『が、回復魔法を使える者に同行を頼んだほうが良いでしょ う』
その言葉は今回の試練が今まで以上に大変だと示唆しているようだった。

『コンゴウ平原の北東にあるメテオラ風車へ赴いて頂きたい』
『現在メテオラ風車はオークに占拠されているが問題はそこで はありません』
『どうやら深部にオークとは違う巨大なモンスターが生息して いるとの報告が
ありました。』
『最後の試練はそのモンスターの確認と討伐になりますが、討 伐時と報告は
パーティーメンバーが全員揃っている事が条件となります』
『討伐時に誰か1人でもその場に居なければ失敗となりますの で御注意下さい』
 
技量の違う者とパーティーを組み、さらに戦闘に不向きな生産者の同行が条件。
脱落者を出さないという事は想像以上の困難が予想された。
 
それではさっそくメンバーを探して出発しようと思います
深く一礼をすると城をあとに街へと向かった。
 
翔竜は街中や工房付近でボーダーから来ている生産者はいないかと聞いて回った。
何かを作るときには必ず工房で作業する為、生産者なら立ち寄るだろうと思って聞いて回ると1人の女性に声を掛けられた。
生産者らしい作業服を着て、愛嬌のある顔だ。
彼女は名前をナタリーと告げると、他に2人の仲間と試練を行ってる最中との事だ。

『これから合流するから紹介してあげるわ』
言われるまま彼女の先導に従う。
宿屋前で2人の男と合流するとナタリーが紹介してくれた。
 
『こちらは翔竜さん』
『ちょうど風車への試練に行く仲間を探していたので捕まえま した!』
捕獲されていたのか・・・

『こちらは私がゴブリン退治で困っている時に助けてくれた斧使いのカザレフさん と魔法使いのコーウィンさん』
『今では私の召使です♪』
満面の笑みで酷いこと言うな・・・

『おぃおぃ、いつの間に召使になったんだ?』
『まぁいいさ、カザレフだ、よろしくな翔竜』
いいのか?
まだ顔に幼さを残しながらも鍛えた体が伺えた。

『コーウィンと申します。光と土の魔術習得を志しておりま す。』
同じく幼さは残しながらも知的な印象を受ける。

光魔法といえば回復魔法も使えるんですか?
『ええ、まだ初歩的なものですが使えます』
『あと土魔法で若干ですが体力の強化も可能です。』
レグルスが言っていた回復魔法使いが思わぬところで見つかった。
これは幸先がいい。

『はいはい、真打登場ですよ!』
『私はナタリー。武器の生産のスペシャリスト!・・・になろ うと思ってるの』
後半は小声で聞き取り難い
『私の応援は百人力よ』
ウィンクしながら戦力外を公言している。
職人っぽい格好をしているが、まだ衣装に着られてる感が隠せない。
あの笑顔で毒を吐かれても憎めない愛嬌のある顔だ。

3人とも少し年上な感じだが、良いパーティーに拾ってもらったと安堵した。

翔竜です
今は槍をメインで扱っていますが少しなら弓も使えます
体力はありませんが敏捷さには自信があります
よろしくお願いします
『そう畏まるなよ。気楽にな!』
カザレフはかなり気さくな性格のようだ。
 
各自の準備は整っていたのでさっそく風車へ向かう事にした。
それ程遠くもなかったが、風車の周囲には警戒するかのように何匹ものオークを見ることが出来た。
見つからないように風車に滑り込むと内部は想像以上のオークが徘徊していた。
思った以上に危険だと誰の表情からも伺える。

『私、危なくなったら迷わず逃げるから!!』
早くもナタリーからの逃走宣言。
そ、そうだね
危険と思ったら迷わず逃げてもらった方が助かるかな
『固まって移動すれば、なんとかなるだろうさ』
体力に自信があるカザレフらしい言葉だ。
『私にモンスターが来ないようにしてくださいね』
『・・・・虚弱なんですから』
魔法使いというのは虚弱が売りなのだろうか?
努力してみるよ

通路を進もうとすると前方から何やら聞こえてきた。
『。。。。。。。。ぁぁぁぁぁぁああああああああぎゃ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!』
どうやら人の悲鳴が近寄ってきているらしい・・・・悲鳴!?
半泣きで必死にオークから逃げてくる人が1人、後方にはオークの団体様がワラワラ付いてきている。
我々も来た道を猛ダッシュで戻る。
追われているいる人も来る。
オークも来る。
・・・・・
とりあえず風車から出るんだ!
 
洞窟や建築物にいるモンスターにはテリトリーがあるらしく、そのエリアを出てまでは追ってこない。
 
4人と半泣き君は無事風車から脱出。みんなゼィゼィと息を切らしている。
『な、なんだぁ、おまえは〜っ!』
カザレフが息も絶え絶えに怒鳴る。
『えっぐ、えっぐ・・・・・怖かったよ〜〜〜〜〜』
半泣きが号泣に変わった・・・・
『な〜かした、な〜かした〜♪』
ナタリーが楽しそうに囃し立てる。
『みんなすごい逃げ足だったね。逃げ足に限界なし!って本当 だね♪』
そんな格言は聞いたことがない。
彼女にとっては命懸けの逃走も、楽しいイベントになってしまうようだ。

逃げてきた彼は翔竜よりやや幼い感じの小柄な少年で、魔法書を号泣しながらもしっかり手に持っていた。
ねぇ君、他に仲間はいないの?
1人でここまで来たの?

『ひ、ひとりで、、、、ぎ、ぎまし、た』
まだ泣き止まない。

こんな場所まで来て、何をしてたんだい?
『試練を受けに来たけど・・・・・・・・』
どうやら我々と同じ試練を受けているようだ 。
街中で仲間が見つからなかったから現地で探そうと思ってここまで来たが、
調子に乗って奥まで行ったらオークの集団に追いかけられて現在に至る、だそうだ。
よく見れば武器の類は持っていないので目指しているのは魔法使いらしい。

コーウィンが心得たと言わんばかりに話しかける。
『あなたも魔法使いを目指しているのですね』
『私は光と土を習得しようと思っているのですが、あなたは何 の習得が
目標なのですか?』
『僕?僕は光と氷魔法だよ。だって敵を氷柱で攻撃出きるって カッコイイよね!』
さっきまで号泣していたのが嘘のように、キラキラした目で話し掛けてくる。
モンスターから逃げられたのと、自分と同じ魔法使いがいた事に安堵したようだ。

『ほぉ、それでは盾魔法は習得済みでしょうか?』
『もちろん!あれが無いと僕なんて即死さっ!』
力説するところではない気が・・・
マイナス面を力説するところが、なんとなくナタリーに通じる気がした。

『ねえ君。1人なら私達といきましょうよ』
何かが通じ合ったらしい。
『うん!いく!』
特に反対する理由もないし、仲間が1人でも増えるのは大歓迎だ。
彼の名前はジル。光と氷魔法の習得を目指す魔法使い見習い。
 
パーティーも5人となり再び風車の中に潜る。
最深部の場所は誰も知らないので、とにかく敵を倒しながら進むことになった。
入口付近で何匹かのオークと戦うと、翔竜はオークの攻撃を殆どかわせる事が判かり編成を組んで進むことにした。
前から翔竜・カザレフ・ジル・ナタリー・コーウィン。
カザレフには防御は考えずに攻撃に専念。
回復役にジル・後方の警戒と魔法攻撃にコーウィン・ナタリーは・・・・応援で忙しいらしい。
 
内部には様々なオークが生息していた。
下級戦士・魔法使い・オークの中でも上位格にあたる者までいる。
風車内部はオークに一部作り変えられたのか、宝物庫や転送トラップまであった。
転送トラップが厄介で何度もパーティーが分断されてしまい、その度に誰かが瀕死の重傷を負っていた。
厄介なモンスターは上位格で、攻撃を仕掛けると範囲麻痺攻撃をしてくる。
一度ならずとも全員が麻痺状態になり、見えてはいけない川岸をみんなで眺めた事もあった。
何度も街に戻ったり休憩を繰り返しながら、やっと怪しいと思われる部屋の前まで来ることが出来た。
 
みんな万全の状態ではない。
武器は刃こぼれもしているし、魔法触媒の残りも少ない。
ナタリーの元気も低下気味だ。

どうしよう、一度出直そうか?
『なんとかなるさ。ダメなら皆並んで川岸でも眺めよう ぜ』
カザレフらしい発言にみんなの緊張がほぐれた。
『これで終わりにするぞ!』
体力強化と盾の援護をもらうと全員がうなずき翔竜が内部を伺った。

いたぞ
狭い部屋には天井に頭部が届くほどの巨大なカマキリが待ち構えている。
一瞬気圧されるが背中の仲間を信じて翔竜が飛び込む!
うおぉぉぉぉっ!
大声で飛び込み敵の注意を引きつける。
敵の意識が完全に翔竜に向いたと分かるとカザレフが飛び込んできた。
それを合図に攻撃魔法が次々と炸裂。
爆音にナタリーの声援が掻き消される。
敵の巨大な2本の鎌から繰り出される攻撃は、今までの敵とは比べ物にならない速さで襲ってくる。
かわしきれずに翔竜の体のあちらこちらから鮮血が飛び散った。
確実にダメージは与えているのに押し返される。
他のみんなは?と攻撃の隙に周囲を見渡す。
肩で息をしているカザレフ。
ジルは半泣きながらも、必死にこちらを回復してくれている。
何度も繰り出されるコーウィンの攻撃魔法は敵の固い皮膚の前に弾かれる。
叫んでいるナタリーの声は敵の咆哮に打ち消された。
 
諦めという言葉が重くのしかかり、心が折れそうだ。
 
負った傷の痛みと流血で意識が朦朧とし、視界がぼやける。
あと一押しなのに・・・・
色を失いかけた視界に突然、鮮明なカラーが蘇った。

『がんばれ〜〜〜〜!みんながんばれ〜〜〜〜〜〜〜っ!!』
剣戟にも魔法の爆音にも負けず、敵の咆哮でも消すことが出来ない必死の声が響き渡る。
戻った意識の視界の端でナタリーが泣きながら応援しているのが見えた。

『この野郎!』
『ナタリーを泣かせるんじゃね〜よっ!』
横にいるカザレフが吼えるように叫ぶと相手の鎌を1本叩き切った。
鎌が1本なら見切れる。
翔竜は巧みに攻撃をかわし隙を作るとカザレフが渾身の力で切りかかる。
魔法の精度が上がり、弱そうな部分に炸裂する。
敵がジリジリと下がり始めた。
最初から翔竜を捕らえて離さなかった敵の目線が、自分の後退を遮る壁を見るために一瞬逸れた。

翔竜はその隙を見逃さず懐深く潜り込むと、前足を切り落としそのまま倒れ込んだ。
敵が大きくバランスを崩す。

いまだっ!
『うぉぉぉぉぉぉっ!』
カザレフの咆哮が響き渡る。
ザンッ!!
全体重をかけた一撃は敵の首を切り落とした。
ドゥッ!と音と共に倒れた敵は、そのまま翔竜の上で動かなくなった。
 
押しつぶされた隙間からカザレフが泣いているナタリーを抱き上げて喜んでいるのが見えた。
コーウィンはその場に座り込み弱々しく微笑む。
戦闘中は半泣きだったジルも今では満面の笑みで飛び跳ねている。

ぉ〜ぃ
・・・
お〜〜ぃ
・・・・・・
お〜〜〜い
いい加減出してくれ〜〜〜〜〜!
『あ、いけね。忘れてた。すまん、すまん』
ナタリーを下ろすとカザレフが引き出してくれた。

やれやれ、損な役回りだ
翔竜が笑って言うとみんなも笑った。
ナタリーだけが泣き笑いだ。

『ちょっとやばかったな』
『私なんて魔力が空っぽですよ』
『僕も〜』
よく倒せたよな
途中でナタリーの応援が無かったら、みんなで川岸に整列して たとこだ
『初めて会った時に言ったじゃない。私の応援は百人力よっ て』
ナタリーに愛嬌のある笑顔が戻った。
カザレフがそれを嬉しそうに見ている。

一休みしたら報告に戻ろう
帰りも楽な道程じゃないだろうけどね
 
帰りの道程は思ったほど大変ではなかった。
風車を徘徊した経験と、巨大な敵を倒した自信で少しだけ強くなれたのかもしれない。
 
カルガレオン王国の謁見の間にはボロボロだが、誇らしげに顔を輝かせた5人の冒険者が並んでいる。

『調査の報告を伝えて頂けますか?』
深部には巨大なカマキリが生息していました
オークとは比べものにならない強さでした
『これが生息と討伐の証拠です』
カザレフが切り落としたカマキリの鎌を差し出した。
『確かに通常ではありえない大きさのカマキリだったようです ね。ご苦労様でした』
『あなた方の試練は以上で終了です』
『こちらにアムリタ女王とカエサリウス王直筆の証明書が入っ ています』
『自国に戻りアーヴィン殿にお渡し下さい』
それぞれに1通の封書が手渡された。
 
カエサリウス王がゆっくりと口を開いた。
『みなのもの、よくぞ試練を乗り越えた』
『この先に待ちかえるものは今まで試練以上の事があるだろ う』
『しかし君達ならば乗り越えられると私は思っている。』
『今後も精進を怠らず、自分の目標に向かって頑張るのだ』
全員が黙ってうなずいた。

『この国でも仕官は歓迎する。いつでも来なさい』
『さぁ、ボーダー王もお待ちでしょう。行きなさい』
5人は誇らしげに城を後にした。
 
街を出るまでの短い時間、最後の試練を振り返って会話が盛り上がる。
自分の活躍を、これでもかと誇張するナタリー。
カザレフは戦闘でボロボロになった斧を買い換えるか迷っているようだ。
相槌を打ちながら魔法の効果について語るコーウィン。
ジルは身振り手振りで戦闘を再現して見せた。
 
街から出ようとするとナタリーがみんなを呼び止めた。
『みんな、ちょっと外で待ってて』
そう言って走り去ってしまった。
 
待っている間、コーウィンとジルは魔法について盛り上がり、翔竜とカザレフは模擬戦をしながらナタリーを待った。
数時間後に大きな荷物を持ったナタリーが戻ってきた。

『おっまたせ〜』
『何してたんだ?』
『ふふ〜ん♪まずはカザレフね』
大きな荷物から紅色に染まったジャイアントアックスを手渡した。

『えっと、次は翔竜ね』
出てきたのは薄紫に輝くノーブルスピア。

『コーウィンとジルにはこれね』
白く輝く首飾りを取り出した。

『ど、どうしたんだ、これ?』
『な・い・しょ・♪』
『みんな大事に使ってね』
みんなに問詰められてもナタリーは答えなかった。
おそらく彼女が今作れる精一杯の品々であることは容易に想像出来た。
彼女が内緒というのであれば、それ以上追求する必要はない。
みんなは心からのお礼の言葉だけを彼女に返した。
 
みんなはこれからどうするんだい?
『私はジルと共にアリアバートで魔法の習得を目指そうと思い ます』
『さっきコーウィンに誘われたんだ。ね?』
ジルがうれしそうにコーウィンに語りかける。

『私はココで武器職人を目指すわ。この周辺は鉱石が豊富だか ら・・・』
ちょっと寂しげだ

『俺はココで戦士として頑張ってみようと思う。・・・・・ナ タリーも残るっていうし・・・』
後半は消え入りそうな声だ。
二人を見るとお互いに顔を赤くして俯いてしまった。
なるほどね、と思いながらも自然と笑みが浮かぶ。

俺はボーダーに仕官しようと思う
戻って確認したい事もあるんだ・・・・
『みんなとはココでお別れかだね』
ナタリーの目に涙がたまっている。

寂しくなるが・・・・仕方ないさ
みんなにはみんなの、自分には自分の道がある。

『また会えるさ。今よりもっと成長してな』
『今度は最高の装備品をみんなに作ってあげるわ♪』
『戦士が妬けるくらい強力な魔法を覚えてみせますよ』
『僕だって泣かないで戦えるようになるよ!』
俺だってみんなには負けないさ

一人ひとりの顔を見る。
たった数日しか経っていないのに、出会った頃とは違う顔付をしている。
僅かな沈黙と俯く面々。

ばっ!と顔を上げたカザレフが明るい笑顔でみんなを見る。
『それじゃバイバイだ。またな!』
みんなが笑顔でそれに応えた。
また
『またね』
『ごきげんよう』
『またね〜』

誰一人「さようなら」と言うことなく、5人は自分の道への歩みを進めた。
 


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● 迫り来る脅威とガーディアン
 
みんなと別れ、翔竜は1人ボーダーへと戻った。
それ程長い間出掛けていたわけではないのに懐かしいと思える。
人は成長すると、成長前まで居た場所を時間も関係なく懐かしいと思うらしい。
短い間ではあったが三国の試練は心技体ともに成長させたようだ。
 
街行く人混みを抜けて王城へ赴く。
 
只今戻りました
『ご苦労だったな。試練を達成した事は聞いている。』
『どうだ?少しは苦労したか?』
アーヴィンの目が笑っている。
自分の未熟さを痛感しました
それでも多くの人達に助けられ、無事に試練を終えることが出 来ました
『少しは自分を知ることが出来たようだな。では詳細 を聞こうか』
 
翔竜はボーダーを出発してからの事をボーダー王とアーヴィンに話した。
強いモンスターに荷物を盗まれたが取り戻せなかった事、見知らぬ街で試練を諦めようかと思ったり見ず知らずの人に治療までしてもらった事。
アリアバート女王とカルガレオン王の印象、最後の試練でパーティーを組んだ仲間と戦いの様子。
そして別れ。
翔竜は、今回の試練に別の意味があったのではないかと思ったがそれは言わなかった。
 
『良い出会いと仲間を得たようだな』
『さっそくだが・・・・今 回の褒美は
すごいぞ』
そういってアーヴィンが取り出した物はボーダーの紋章を模った淡く光るアクセサリー。
魔法付加があるようだ。
『このアクセサリーは売り買いが出来る代物じゃない』
『おそらく生涯に何度も貰えるような品ではないぞ。』
『現世の人間では作れないだろう。ま、大事にしてく れ』
ありがとうございます
あ、これを預かってきています
各国で貰った証明書をアーヴィンに手渡す。

『報告通りのようですね』
『そのようだ』
王とアーヴィンの簡単なやり取りを見ている。

『さて翔竜よ、三国をまわって仕官しようと思った国は あったか?』
『そして自分の目指す道は見えたか?』
・・・・・ 
はい
私はこれから起こるであろう脅威から、この国を守れる ようになろうと
思います

『そうか、この国に仕官を希望するか・・・・』
『そして
悪鬼のことも知ってい るのだな?
今回の試練で各国を回りながら感じていました
突然変異のモンスターの出現、ここ最近街中で見かけるように なった武装した多くの人々
そして私を含め、多くの転生者がこの世界に来ているように思 います
それらの理由があるとするならば・・・・・・時期は近いので はないかと
『そこまで分かっているのなら話そう』

『今回は試練を乗り越える事のみが目的ではない』
『三国間で情報を交換する必要があったのだ』
『先ほど受け取った証明書も実際は各地の報告と各王の見解が書かれている』
『そして各王の見解は一致した』
『襲撃は近いだろうとな』

『その意味が分かるな?』
はい
『だが今日、明日というわけではない』
『奴らがこの世界に来るにはそれなりの準備が必要のようだ』
『また各地に異変も起こるらしい』

『翔竜よ、覚悟を持つ者と持たぬ者の違いが分かるか?』
・・・・・
『覚悟のある者は考え、行動出来る』
『覚悟の無い者は何も考えずに逃げ惑う事しかできん』

『翔竜よ、ボーダーへの仕官を認めよう』
『努力しろ! 強くなれ! そして多くの仲間を持て!』
ありがとうございます
 
王との会話が終わるのを待ってアーヴィンが話しかけてきた。
『前に話したガーディアンの話を覚えているか?』
『成長すれば強力な助っ人になってくれる。一度神殿街へ行っ て見るといい』
さっそく行ってみます
王の激励を受け、翔竜はボーダーに仕官した。
 
仕官後は何かと手続きが多く、慌しい日々が続いた。
手続きが全て完了すると翔竜は神殿街へと急いだ。
神殿街はボーダー城の東にある。
 
そういえば初めてこの世界に来た時も神殿街だったな
ここは色々と謎が多そうだ

街中に比べると 神殿街は極端に人が少なく、見掛ける人も神官服を纏った人ばかりが目に付く。
立ち話をしている神官に、ガーディアンについて詳しく知るにはどうしたら良いか尋ねる。
『この先を右に曲がると神殿が見えます。そこいいる【破霊の 司祭】から詳しくきけますよ』
言われた通りに進むと目的の神殿が見えてきた。
 
入口でガーディアンについて聞きたい旨を伝えると奥に案内され暫し待つ。
『ようこそおいでくださいました』
透き通るような声が背後から聞こえた。
声の方を向くとそこには青白いローブを纏った、若く美しい司祭が柔らかな眼差しでこちらを見ている。

と、突然の訪問失礼しました
なぜか慌ててしまう。
『お気になさらずに。神殿は開放された場所ですから何時でも 起こし下さい』

『ガーディアンについてお知りになりたいのでしたね』
はい
『ガーディアンには属性があり、炎・土・氷の3つです』
『更に持ち主がガーディアンを召還してからの行動によって2 種類に分かれます』
ということは1属性でも2種類のどちらかに成長すると?
『その通りです。明確にどのようにしたら、どちらになるかは 判明しておりません』
『成長過程は10段階ありますので、成長が止まったと思った らこちらにお越し下さい』
『成長リミットの解除はこちらでないと出来ないのです』
わかりました

『それではどのガーディアンを選ばれますか?』
炎でお願いします
『分かりました。こちらが炎のクリスタルです』
渡されたクリスタルを覗き込むと中に小さな炎が揺らめいている。

どうしたら呼び出せるのですか?
『まずはあなたが主人であることをガーディアンに認めさせな ければなりません』
なにか試練でもあるんでしょうか?
『いいえ、クリスタルを強く握るとガーディアンがあなたの意 識を感じ取ります』
『あなたはガーディアンからの信号を受け止めるだけです』
『無事に交信が終わればクリスタルが覚醒するでしょう』
わかりました
翔竜は強くクリスタルを握り締めた。
 
握っているクリスタルから熱気を感じたと思うと、全身を熱気が駆け抜ける。
うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
思わず発した叫びに今まで穏やかだった司祭の顔に驚きの色が浮かぶ。
全身が燃えているのではないかと思えるほど、凶暴な熱気を感じながらもクリスタルを握る手は緩めなかった。
これは信号どころの騒ぎではない。
まるでガーディアンが翔竜を服従させるかのような威圧感。

『クリスタルを放してください!』
『いつもと様子が違います!!』
司祭が握っている指を解こうと翔竜の手に触れると、「バチンッ!!」と音と共に弾かれた。
すでに翔竜の目に司祭は映っていない。
 
目の前には巨大な火柱が上がり今にも覆いかぶさろうとしていた。
『汝に我を従わせる資格なし』
重い声が威圧してくる。

だれだ!
『我が名はハーデス。炎の化身なり』
更に威圧感を増して繰り返す。
『汝に我を従わせる資格なし』
『資格なし・・・・・・』
目の前の火柱が小さくなり、ハーデスが去ろうとするのが感じられた。

待てっ!
実際に声が出ていたかは分からない。
俺に従ってもらうぞ!
再び火柱が大きくなり更に熱気が増した。
『己を知らぬ愚か者が・・・・』
全身を襲う熱気は翔竜を焼き尽くさんばかりに強くなる。
『ならば我の試練を受けてみよ。死しても後悔するなよ』
さっさと来いよ!
挑発するように叫ぶ。
目の前の火柱がさらに巨大になると翔竜の全身を覆う。
熱と威圧感は意識を一瞬で消し飛ばした。

真っ暗な世界。
自分が光の塊になっているのが分かる。
光は徐々に小さくなり、今にも消えてしまいそうだ。

『資格なき愚か者め。さらばだ』

・・・・
『後を任せていいか?』
いつも頭に響く声が何処からともなく聞こえた。
自分の中で何かが強く脈打つ。
消えそうだった光は脈打つ度に強い輝きを取り戻す。
先ほどとは違う、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

『・・・を・ま・・・・・して!翔竜!おきてよ!!』
ナ、ナタリー!?
脈打つ音が更に大きくなり、光が一気に膨れ上がった。

真っ赤な世界。
焼き尽くすように覆っていた炎はなくなり、自分自身が炎になったように感じた。
先ほどまでの威圧感は無くなり、ナタリーの声だけが聞こえてくる。
『翔竜!翔竜!!起きてよ〜っ!』

再び重く威圧感のある声が聞こえる。
『ほぉ、なるほどな・・・・』
『面白いやつだ。お主に従うも一興か』
 
全身を覆っていた熱気が急速に引いていくと同時に視界に神殿が見えてきた。
そこには真っ青な顔をした司祭。
その横には泣いているナタリーとその両肩を握っているカザレフ。

『よっ、翔竜。また会ったな』
ニッとカザレフが笑う。
『あんた何してるのよ!』
泣きながら怒るナタリー。
何?ってガーディアンと契約を・・・・
『大丈夫ですか?今まであのような反応をした人は初めてで・・・・』
契約とはあの様なものではないのですか?

『普通は強く握っても、炎であれば体が少し温かくなって羽化するだけなんですが・・・』
『俺たちもさっき契約したが、翔竜のように意識がなくなる事はなかったぞ』
『うん』

2人はどの属性と契約したんだい?
『俺は炎だ。さっき名前をエンキって付けてやったぞ』
『私は土よ。名前はツッチー。かわいいでしょ?』
自分で名前を付けた?
俺のガーディアンはハーデスって名乗ってたぞ?
『ハ、ハーデス!たしかにそう名乗ったのですか?』
ええ
『それは古き炎のガーディアンの名です』
『通常であればこのようなクリスタルに封印される事はあり得 ないのですが・・・』
へ〜
古きガーディアンという言葉に特別惹かれることなかった。

『ねぇねぇ、ちょっと呼び出してみてよ!』
どうやって呼び出すんだ?
『契約が完了していれば、声に出さずとも名前と召還の意思を 持てば呼び出せるはずです』
わかりました
《来い!ハーデス!!》
声には出さず、意識で呼びかけてみた。

ポッと目の前を赤いクリスタルが漂う。
ん?
これ?
さっき見たときは火柱の巨人みたいだったのに

『カザレフも出してみてよ』
『あいよ』
カザレフの周囲にも同じようなクリスタルが漂う。
見た感じは同じだな
同じ見た目なのに苦労して損した気分だ
『まぁ契約は完了したんだし、良しとしこうぜ』
『うん、うん』

そういえば、2人とも何故ここにいるんだ?
カルガレオンに仕官するんじゃなかったの か?
『あぁ。どうも一度試練の報告にボーダーへ来なきゃいけな かったらしくてな・・・』
『王様に試練報告とカルガレオン仕官の意思を伝えたの』
『そうしたらガーディアンと契約していけって言われてね』
『契約が終わって神殿街をウロウロしていたら、翔竜の声が聞 こえたんで飛んできたのさ』
そういうことか
でも助かったよ

ナタリーの声が聞こえなかったら、俺はハーデスに消されるとこ ろだったかもな
やっぱりナタリーの応援はすごいな
『でしょ?』
悪戯っぽく愛嬌のある顔で笑う。
その場にいたみんなが笑うと、青い顔をしていた司祭も安心したようだ。

『それじゃ、俺たちはいくぜ?』
『またヒョコッと現れて応援してあげるわ』
期待しとくよ
『じゃ、またな』
『またね』
また!
 
『あの、翔竜さん』
2人と別れた翔竜を司祭が呼び止める。
『あなたのガーディアンは特別かもしれません。定期的にこち らにいらしてください』
見た感じは普通なんですが・・・分かりました
『お待ちしています』
初めて見た時と同じ柔らかな眼差しで見送ってくれた。
 

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●ギルドと限界と予兆
 
この世界にはギルドという団体が多数あり、生産系ギルドや冒険者ギルドなど国境を越えて仲間が集まる。
仕官も済ませ、ガーディアンとの契約も終わった翔竜はボーダーで仲間と過ごす日々を送っていた。

翔竜はこの世界に降り立って以降、行動を共にする仲間が何人かいる。
ある日、話の流れで自分たちでギルドを立ち上げないか?という話になった。

ギルドに加入するという事は今までの行動は個人の問題が済んだが、今後はギルドの看板を背負って行動する。
そのため何か問題を起こしたらギルド自体が白い目で見られてしまう。
それでもお互いに足りない部分を補ってくれる仲間の存在はありがたい。
特別な建物があるわけでは無いので、ボーダー街角の決まった場所になんとなく集まってしまう。
みんなで街のクエスト斡旋所からの依頼をこなしたり、生産者が必要としている素材を集める日々が続いた。
 
平穏な日々でも鍛錬を怠らずに続けていた翔竜はある日、自分の成長に違和感を感じた。
成長が感じられない。
力・敏捷・精度・体力・知力・運。
以前はその為の訓練を受ければ自分でも体の変化が分かっ たのに今は何も変わらない。

ある日、アーヴィンを訪ねるて成長の変化について聞いてみた。
『そうか、変化が感じられなくなったか』
『潜在能力が限界に達したようだ』
これ以上は強くなれないのですか?
『潜在能力は土台のような物だ』
『その成長が限界だからといって強くなれない訳ではない』
『これからは技術を学ぶといいだろう』
『土台が完成してこそ、本当の技術力が身に付く』
まだ体の成長はこれからなのに、潜在能力は限界に達してしまったらしい。

アーヴィンの説明によると成長には潜在能力と技能があるらしい。
潜在能力・技能ともに自分の限界に達すると、それ以上は成長しない。
潜在能力・技能ともに限界まで成長してしまうと、今まで覚えた何かを犠牲にしなければ、他のものは身に付かない。
技能に関しては一度限界まで覚えたものは、再び覚えるのに苦労はしない。
体が覚えているようだ。
潜在能力を変えるのは、それなりの時間を必要とする。

その日はいつものように生産者に頼まれた鉄鉱石を街の外へ採りにいっていた。
晴れ渡った空に突然暗雲が立ち込め、あっという間に地上に降り注ぐ光を遮る。
普通の天候変化と違い、周囲に邪悪な気配が満ち始める。

一緒に採掘をしていたガーディアンのハーデスが騒ぎ始めた。
あれからハーデスも成長し、今では1mくらいの恐竜のようになっている。

突然体が熱くなり、聞き覚えのある声が直接脳に響く。
『何か来るぞ。注意しろ』
ハーデスか!?
何が来るって?

聞き返してもそれ以上返事はなかった。
契約の時以来、一度も聞くことがなかった重い声だ。
翔竜は急いで街に戻り、銀行に預けてあった武具を身に付けた。
 
特殊な皮で作られた鎧と特殊な金属で作られたヘビーランス。
鎧の防御力は低いが、動きの邪魔にならず軽い。
更に鎧には敏捷力を高めてくれる不思議な石を何個か埋め込んでいたので、ボーダーでもトップクラス回避能力を身に付けていた。
不思議な石の効果は防御力・敏捷性・精度・知識・運のどれか1種を装備品に付ける事で自分の限界以上まで能力を高める事が出来る。
ただし、どれにでも付けれる訳ではなく、一流の職人でも複数の不思議な石に耐えられる品を作り出すのは困難だそうだ。
 
再び頭に直接声が響く。
『プラーナ平原の中央に霧が発生しました』
『周辺の人は速やか に避難し、
付近の斥候は至急詳細を調べてください』
ハーデスとは違い、穏やかで包み込まれるような声だが緊迫感は伝わってくる。
アムリタ女王の声だ。
おそらく太古の魔法の一種で樹上世界の住人全員に聞こえているだろう。
 
プラーナ平原の中央といえば巨大なアーチと巨大な水晶群のある場所で、遥か昔にはアリアバートがあった土地だ。
ギルドメンバーにも聞こえたようで、溜まり場には数名が集まっていた。
今までに無い出来事に不安を感じながらも、表面は平静を装う。
しかし街中では噂好きが、デモニカの襲撃が近いと声高に話している。
 
再びアムリタ女王の声が聞こえた。
『プラーナ平原中央付近に未確認の魔物が多数発見されました』
『向かえる者は速やかに討伐をお願いします』
『魔物はとても強力です。十分に気をつけて下さい』

翔竜と仲間達は声が聞こえている最中から既に立ち上がり、現場へ向かおうと外へ急いだ。
別件で近くのキャンプ場所を転送石に記憶済み だったので、強く握り自分の魔力を石に注ぐ。
魔法の力で体が浮き上がると、次の瞬間にはプラーナ平原の東に位置するキャンプに到着した。
すでに多くの人々が中央へ向かって移動を始めている。
俺たちも急ごう!
 
中央に到着すると各所で戦闘が始まっていた。
魔物の大きさは人の1/3もないが、邪悪なオーラを纏い鋭い攻撃を繰り出す。
翔竜もはぐれていた1匹を相手に戦闘を開始した。
邪悪さは感じるが思った程の強さではなく、攻撃を見切ると確実に相手を死の淵へと追い込んだ。
一時は魔物に押されていたが、次々と応援に駆けつけた冒険者によって平原の敵は一掃された。
まだ残っていないかと 周辺を徘徊しているとウキョウとダンの姿が見えた。
 
久しぶりです
『よぉ、翔竜じゃないか。元気だったか?』
相変わらず明るいダンに比べウキョウは敵の死体を見ながら考えに没頭しているようだ。
『まずいですね』
『ん?何がだ?』
『この生物は地上界にいるネスアバグといいい、アバグ種でも 下級です』
『地上界だって!?ってことは・・・・』
『そうです。地上と樹上を隔てた結界が弱まりつつあるという こです』
『ってことは結界が弱まるにしたがって上級種やデモニカが来 る可能性が
あるってことか?』
『その通りです』
『おそらく今の状態ではデモニカ ヤー グ級が
襲来する日も近いと思われます』

デモニカだって!?
『翔竜、いたんですか』
今の話は本当なんですか?
『残念ながら・・・・』
結界を張り直す事は出来ないんですか?
『あれは太古の魔法で、今の樹上界では使える者はいません』
なんてこった!
『何もすぐってことじゃない』
『今の樹上界には昔と違 い、多くの人がいる』

『大丈夫、デモニカなんかにゃ負けないさ』
『翔竜、今の話は公式に発表されるまでは他言無用に願いま す』
わ、わかりました

ネスアバグが全滅するとそれ以上に敵が攻めて来る事も無く、覆っていた霧は晴れた。
街へ戻っていく冒険者達の中で、翔竜は言い知れぬ不安を感じていた。

今まで以上に鍛錬にのめり込む日々。
樹上界は日常へと戻っていった。
 
それから数日後
地上界と樹上界を隔てる結界が弱まり、デモニカの襲撃が近いという通達が各国に張り出された。

 

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●覚悟のために
 
樹上世界は恐怖に包まれたかのように騒然としていた。

デモニカの襲撃。

街中では武器・防具や魔術書の価格が急騰したり、ドーピング食の材料調達に走り回るコックの姿が目に付く。
しかし自分には関係ない、そんな話があるわけ無いと日常と変わらず過ごす人々もいる。

ボーダー王の言葉が蘇る。
『覚悟のある者は考え、行動出来る』
『覚悟の無い者は何も考えずに逃げ惑う事しかできん』
王の言った言葉の意味が分かる。
あの言葉は戦士だからという事ではなかった。
街中を見渡せば、覚悟をしている者と、していない者の差は歴然だ。
 
事態はすぐに急変はしなかった。
前回の襲撃から何事もなく半年が経過すると、人々の生活も日常に戻った。
 
街が日常を取り戻すと翔竜はアリアバートへ何度も足を運んだ。
 
アリアバートの国立図書館は他国であっても仕官している者ならば出入りは自由に出来るのだが、重要書物はアリアバートに仕官している者でも特別に許可を受 けた者以外は見ることも出来ない。
 
閲覧可能な書物から遥か昔に行われた地上での戦闘やデモニカに関する文献を集めては読んだ。
しかしそれらの書物から得ることが出来た情報は、昔話を少し詳しくした程度の物しかなかった。
そんなある日、図書館で思わぬ人物に出会う。
 
『翔竜?翔竜じゃないですか』
ん?あっ!
『お久しぶりですね。お元気でしたか?』
久しぶり
ジルは一緒じゃないのかい?
『ジルはまだ潜在能力の伸びしろがありそうなので、郊外で基礎訓練中ですよ』
なるほどね
思わぬところでコーウィンと再会した。

『こんな似合わない場所で何をしているんでか?』
似合わない・・・・俺が調べ物するって、そんなに似合わな い?
『外が似合うって意味ですよ』
場所が場所なので2人は声を殺して笑った。

『ところで何を調べていたんですか?』
あぁ、実はこいつらの事を詳しく知っておこうと思ってね
そう言うと開いていたページの挿絵を指先でトントンと軽く叩いた。
『デモニカですね?』
あぁ、半年前の告知をコーウィンも覚えているだろ?
『ええ、今のところは何事も起こってはいませんがね』
 
翔竜はネスアバグの襲撃の時にウキョウが言っていた事をコーウィンに伝えた。
 
『では次の襲撃はデモニカ種も来る可能性があると?』
あくまで可能性だよ
襲撃だって今後あるかも分からない
だ けど近い将来、奴らは必ず来ると思っている

ウキョウの言い方ではデモニカも数種類いる感じなんだ
来る 来ないは別に、 知っておいて損は無いだろ?
『え え、そうですね』
で、相談なんだが・・・・

・・・・・
『分かりました』
『ちょっと待っていて下さいね』
そういうとコーウィンは司書室へ向って歩いていった。

数分後、1枚の許可証と鍵を持ってコーウィンが戻ってきた。
『それじゃ、行きましょうか』
ありがとう、助かるよ
 
重要書物が収められた部屋への道中、試練から今までの話をした。
 
部屋の前に着くと翔竜は何も考えずに扉に触る。
「バチンッ!」と音と共に弾かれた。
『あぁ、ダメですよ、勝手に触っては』
『この扉には魔法がかけられているんです』

そういうとコーウィンは扉に許可証を押さえつけたまま鍵を開けた。
『さぁ、もう大丈夫です』
『入ってください。』

中に入って扉を閉めるとコーウィンは鍵で取っ手を軽く叩いた。
「カチャ」
鍵のかかる音がした。
『この許可証が一時的に扉の魔法を無効にしてくれるんです』
なるほどね〜
 
部屋の中は沢山の本棚に占拠されていた。
明らかに公開されている書物とは年代が違う。
よく見れば古代語で書かれた物、ドワーフ語やエルフ語の物まである。
厳重に保管されている理由が分かる。
 
さっそく2人は手分けをしてデモニカに関する記述を集めた。
その中の一冊に『樹上の始まり』という本を見つけると、中を開いた。
所々に古代語が使われているが読めない事はない。
本には樹上に逃れた経緯、樹上に移ってからの生活などが書かれていたが、その中でデモニカに関する記述を見つけた。
 
アバグ種
デモニカ種の使い魔的存在。
知能・能力共に低い。
確認されているのは「ネスアバグ」「ジルアバグ」「ティ ルアバグ」の3種類。
 
デモニカ種
地上界を襲った悪鬼。
上位種になるほど知能・能力ともに高い。
デモニカは種類が多く、魔法を使う個体も確認されている。
確認されているのは「ネスデモニシャ」・「デモニカヤーグ」・ 「デモニカオルジム
ダークロード」・「デモニカロード」・「デ モニカオウル」・「デモニカギグシル
未確認だが「シャドウドール」・「レリックシャター」・「ハイキング」と呼ばれる種も存在するらしい。
 
こ、こんなに種類がいるのか・・・・
『ウキョウ殿の話では次の襲撃で「ヤーグ級」が来るかもという事でしたよね?』
そういっていた
『それでもデモニカでは下から2番目ですか・・・』
次の襲撃で樹上世界の真価が問われそうだな
『ええ』
 
それからいくつか書物を調べたが、それ以上の情報は手に入らなかった。
すると扉から「バチンッ!」と音がした。
その数秒後・・・・
『痛いよ〜。うわぁぁぁぁぁぁ〜ん』
泣き声が聞こえたきた。
久々に聞いたジルの泣き声だ。
泣き声を聞くとコーウィンと翔竜は顔を見合わせる。
笑いながら戻ろうかと話した。

書物を戻し、扉に向おうとした翔竜は一冊の本に注意を引かれた。
『大地を見送りし者達』
古代語で書かれたタイトルだが何故か読むことが出来た。
その本を手に取ろうとした時、コーウィンに呼びかけられた。
『翔竜、扉を閉めますよ。急いでください』
そういうとコーウィンは取っ手を鍵で軽く叩いた。
「カチャ」
今度は鍵が開いた音がした。
外に出ると再び許可証を扉に押し付けながら鍵を掛ける。
するとボッと音と共に許可証が燃え上がり、跡も残さず消えた。
返さなくていいのかい?
『大丈夫ですよ。こういった仕組みになっているんです』
『万が一、複製でもされたら大変ですからね』
『もちろん図書館の建物から持ち出しても消えてしまいますよ』
たいしたもんだ

外に出るとジルが待っていた。
『翔竜、ひさしぶり〜』
相変わらず泣いたり笑ったり忙しそうだ。
鍵を戻しに司書室へ向いながら、ジルを加えて試練の話を笑いながら語り合った。
 
図書館から出た3人は、先ほどまで笑って話をしていた雰囲気ではなかった。
ウキョウの言っていた事が本当なら、次に来るのはデモニカ種 だな
『ええ、これまでを準備期間とすれば、ほぼ間違いないでしょね』
『僕のパワーアップした魔法で全部やっつけてやる』
あははは、勇ましくなったな
でも無理だけはしないでくれよ?
『近日中にカルガレオンへ行く用事があるので、カザレフとナタリーには私から伝えておきましょう』
頼むよ
他にも仲間や知合いに、準備だけはしておくように伝えないと な
 
2人と別れた翔竜はボーダーへ戻った。
ギルドの仲間に覚悟を促す。
次の襲撃にはデモニカ種が来るかもしれない・・・・

そして調べた結果、次に来るであろうデモニカ種はまだ下級である事も。

 

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●デモニカ前哨

襲撃もなく月日は流れた。
人々の記憶からあの日の恐怖は薄れ、その時の事を知らない冒険者も増えた。
少年のような 体格だった翔竜も、今では立派な青年の姿をしている。
年の頃なら20歳前後くらいだろうか。
技に磨きをかけ、来るか分からない日に向けて鍛錬を続ける。
ガーディアンのハーデスも立派な火竜の姿となったが、司祭の話ではもっと成長するそうだ。

一 緒に試練を受けた仲間も成長し、カザレフとナタリーから結婚式の招待状が届いた。
久々の再会を心待ちに過ごす。

し かし、その日は突然訪れた。

街中でギルドメンバーと他愛無い会話をしていると、突然声が聞こえた。
『魔物が現れました』
『現れたのはネスアバグですが、プラーナ平原の他に各城 の周辺にも同時に出現しているようです』
『街への侵入を阻止してください』
ア ムリタ女王の言葉が樹上世界に響き渡る。

女王の声を聞いて外に飛び出すと大量のネスアバグが城に向って来てい た。
城の周りには子供や生産者、転生して間もない者が大勢いる。

避難を優先させるんだ!
ギ ルドメンバーにそう指示を出しても、パニックに近い興奮状態が混乱を招く。

まずい、そう感じた時、全身を輝く鎧で固めた近衛騎士団が現れた。
先頭をいくアーヴィンが大声で周囲に呼びかける。
『戦えぬ者は城内へ非難しろ!』
『騎士団は避難を優先させるんだ!』
『冒険者は魔物を各個撃破、城門に近づけさせるな!』

的確な指示で城門前は、戦う意思のある者だけが残った。
近衛騎士団の人数は多くないため、避難する人の誘導で戦闘には参加出来そうにな い。
城内に戻るアーヴィンと目が合う。
『翔竜、後を任せてもいいか?』
いつも心に響く声と重なって聞こえた。
無言で頷くと踵を返しネスアバグへ向って走り出した。

ギルドメンバーや他の冒険者は既に戦闘に入ってる。
視界の端に倒れている女性を見つけた。
ネスアバグは今にも女性に襲い掛かろうとしている。
一気に距離を詰め、バグと女性の間に割り込む。

早く城内へ逃げる んだ!
女性は腰でも抜かしてしまったのか、その場から動こうとしない。
仕方なく女性 を背後に守るような形で敵に対する。
何合か斬り合うと突然ネスアバグが叫んだ。
『δηψεοο!』
周辺に居たネスアバグ二匹がこちらに向って来たが、一匹の視線が女性を捕らえている。

翔竜は敵を押しながら数歩前に踏み出すと、女性へ向う敵に気合の叫びとともに槍を振るった。
こっちだ!
届 くはずのない距離を衝撃波となった槍が敵を捕らえる。
三匹の敵意が完全に翔竜へ向けられると一斉に襲い掛かっってきた。

連携の取れた攻撃が少しの隙も見せずに襲い掛かる。
一撃目は槍で弾き、二撃目はステップでかわし、三撃目は返す槍で再び弾く。
こちらから攻撃をする隙がない。
周囲では未熟な冒険者の何人かが倒され、そのフォローをしている仲間をあてにする事は出来なかった。
浅 い傷がいくつも体に刻まれていくが、この程度は気にならない。
背後から穏やかな旋律が聞こえてきた。
何を言っているか分からないし、振り返る余裕も無い。
突然周囲を白い羽に囲まれたと思うと、体が一気に軽くなった。
かすっていた敵の攻撃が完全に当たらなくなると、翔竜は強打の構えを解いてステップを踏み始める。
素早く巧みに繰り出される槍は、敵の生命を削る死の舞のように見えたかも知れない。

一匹ずつ確実に仕留め、最後のネスアバグが倒れると死の舞も終演となった。
見渡せば殆ど戦闘は終わってい る。
わずかに残った敵は、多くの冒険者に囲われて逃げることも出来ないだろう。

思い出したように後ろを振り返る。
大丈夫ですか?
『はい』
目を見た瞬間、鼓動が早くなるのが分かった。
戦闘で息が上がったわけではない。
ショートカットの青い髪。
穏やかな眼差しと柔らかな物腰。
どこかで会った気はしても思い出せない。

あ、あの、さっき魔法を使いましたよね?
『ええ、敏捷強化型のように見えたので、俊敏の魔法を』
『お役に立ちました?』
おかげでかすり傷が減りました
『あ、ちょっとまってくださいね』
そういうと彼女は再び魔法を唱える。
柔らかな光に包まれると、所々にあった傷が見事に治っていた。
すごい、傷が完全に消えた
『超治療を使ってみました』
『まだ成功率は高くないですし、詠唱に時間が掛かってしまうん ですが・・・』

そんなやり取りをしているとギルドの仲間が戻ってきた。
『今聞いた話ではプラーナのバグはまだ排除出来ていないらしい』
『これから私達は行ってみようと思うんだけど。翔竜はどうす る?』
そうだな、ボーダーは収まったが、各国が苦戦していたら手が回らないか
一応、こちらにも少し人数を残した方がいい
留守番には・・・・

指示も終わりプラーナに向おうとした時、メンバーが尋ねた。
『ところで、そちらの女性は誰だい?』
あぁ、こちらはネスアバグに襲われそうになっていて、助けに入った俺を援護してくれた・・・・
えっと・・・・

お名前は?
『名前くらい聞けよ!』
一 斉にツッコミが入る。

『アイリです』
『アイリ・デサイヤといいます』
クスクスと笑いながらも教えてくれた。
翔竜です
よろしく
『続きは戻ってから、ゆっくりやってくれよ』
ギルドメンバーが冷やかし半分で囃す。

おっと、ゆっくりしてる暇はないんだったな
これからプラーナに向うけど、アイリ・・・さんはどうする?
『アイリでいいですよ』
微笑む顔を見ると再び鼓動が早くなる。

『採取の途中でしたから、戦いには向かない格好なんです』
確かにラフな格好にコモンエプロンで、
落ち着いてみれば戦いに行く格好では無い。
普段は依頼斡旋所の横にみんな集まっていますから顔でも出して下さい
また会いましょう

『はい』
彼女の顔をまともに見ることが出来ない。
それと同時に仲間の冷やかしの眼差しは見る気も無かった。

それじゃ、いってきます
照れ隠しに背を向け、片手を上げて彼女に言った。
『いっ てらっしゃい』
背中に掛けられた声が、笑顔で言ってくれたと思いたかった。

 

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●デモニカの脅威

転送石を強く握り、プラーナ平原へ飛ぶ。
ここにはまだ、多くのネスアバグが残っていた。
さっきまでの気分も吹き飛び、 気持ちを戦いに集中させる。

最初は複数を相手にしなければならなかったが、時間が経つに従い人が増えてきた。
各国の掃討も無事終わり、駆けつけたようだ。
プラーナの掃討はすぐに終わった。
冒険者達も前回の襲撃から強くなったのが伺える。

ギルドメンバー が各々戦闘を終わらせて集まってくると、話題は翔竜とアイリの話で盛り上がっ た。
だが、和やかな空気は一瞬で凍りつく。
突如地面から湧き出る大きな影。
徐々に形をなし ていく姿に翔竜は覚えがあった。
以前に図書館で見た資料にその姿は描かれていた。

デモニカだ。
おそらく最下級のネスデモニシャだろうか、その姿は異様で纏うオーラは邪悪そのものだ。
『許せない・・・』
いつも頭に響く声に似ていたが、何かが違う。
その声に導かれるように、一気に湧き上がった怒りに我を忘れる。

デモニカめっ!

怒りを込めて叫ぶと翔竜は一番近くにいたデモニカに向って突っ込んだ。
『待て!1人じゃ危険だ!!』
後ろで叫ぶ仲間の声が別世界のように感じられた。
初めて見る敵なのに許せないという思いが感情を支配する。
足元に到達すると力任せに切りつける。
何度も何度も何度も・・・・

本来の戦い方を忘れた翔竜にネスデモニシャの手が迫る。
怒りに囚われた翔竜は気が付かない。
「キンッ!」
迫り来る悪意を赤いクリスタルが弾き返した。

『怒りに囚われた愚か者が !』
ハーデスか?
ネスデモニシャはハーデスが放つ赤い光を嫌い、こちらへの攻撃を躊躇っている。
怒りに囚われた心を、静かな波が広がるように冷静さが支配した。
なぜ、あれほどの怒りを持ったのか分からなかった。

『我を呼び出せ』
『邪悪な影への刃となろう』
ハー デスの重い声が頭に響く。
来い、ハーデス!
声に出して叫ぶ。
強く大きな赤い光が溢れると目の前には火竜の姿をしたハーデスの姿があった。

『後を任せてもいいか?』
いつもの穏やかな声も聞こえる。
体に力が漲り、頭はいつも以上に冷静となる。
誰に言うわけでもないのに叫ばずにいられない。
任せろ!!

本来以上の動きを見せ始めた翔竜に敵の攻撃はまったく届かない。
武器の攻撃は思う以上の威力は出ないが、ハーデスは相手の防御を無視するかのように大きなダメージを負わせていく。

周囲は次々に黒い影が湧き出し、デモニカの姿を現している。
各所でも再び戦闘が始まった。
どこも苦戦していたが、ガーディアンと戦っている人は善戦しているようだ。
ガーディアンだ!ガーディアンを呼び出せ!!
仲間に向って叫ぶと、周囲からも召還したガーディアンが次々と現れる。

形勢は一気に逆転した。
デモニカに対してガーディアンの攻撃力は想像を絶した。
翔竜も最初の敵を倒すと、別の場所に姿を現そうとしている敵に向って走り出した。

姿を現した敵に攻撃を仕掛けようとするとハーデスからの警告が響く。
『デモニカヤーグ』
なに!?
確かに体が茶褐色でネスデモニシャ以上の邪悪さを放っていた。
結界がここまで弱まったのか!
それでも逃げるわけには行かなかった。

渾身の力で切りかかる。
相手の攻撃を見切り、なんとかなると思った矢先だ。
周囲をオレンジの光に包まれると、突然大爆発を起こした。
ま、魔法だと!?
不意打ちを喰らい地面に倒れる。
体は動く、ま だやれるぞ!

『プラーナ平原にデモニカが現れました』
『各国の掃討が終わり次第、応援をお願いします』
アムリタ女王がデモニカ襲撃を樹上界に知らせた。

視線を上げると周囲をデモニカの群れに囲まれている。
見渡しても黒と茶褐色の壁しか見えない。
体を起こし、敵に攻撃を浴びせる。
女王の声を聞いた冒険者達が、すぐに来てくれる事を信じて敵の悪意を一身に受ける。

何度も魔法を唱えるヤーグだが、ギリギリのところで火球から逃れる。
その間に三匹のデモニカを倒した。
しかしそれ以上の数が翔竜を取り囲む。
盾となって守ってくれたハーデスは深刻なダメージを受けたので異界へ戻した。
4度目の爆破をかわそうとすると、逃げるスペースがデモニカの足で埋め尽くされていた。

や ばい!
翔竜は大爆発に巻き込まれた。

体が言う ことを聞かない。
いつもなら川岸に佇むはずが、朦朧とした意識は戦場に残っているのが分かった。
続々と冒険者達が戦場に集い、激しい戦闘が続いている。

『そんなものか?』
いつも頭に響いている声だ。

声に意識を向ける。
意識の先には1人の男が幻のように立っている。
精悍な顔立ち、鎧を着込み背中に大きな剣を背負っている。

『ここで終わりか?』
『これから先、もっと大きな脅威が待っているのに』

男に応えようにも声が出ない。

『まだお前の仲間は戦っているぞ』
男が静かに指を指す。
指先を追うと離れているはずの
ギルドの仲間が一丸となってデモニカと戦っているのがはっきり見えた。

『あそこでも』
男はさらに別の場所を指差した。
意識を集中させた先には試練を一緒に乗越えた仲間達。
逞しく成長したカザレフは、一歩も引かずデモニカと対峙している。
美しく成長したナタリーは、カザレフに回復魔法をかけ ていた。

『あそこにも』
コーウィンはひょろっと背が高くなり、強力な魔法を次々に敵に浴びせかける。
泣き虫ジルが、今では周囲に指示を出 しながら魔法を繰り出していた。

きていたのか・・・

周囲の戦闘はヤーグの介入で更に激しさを増している。
仲間達も苦戦しているのが分かった。

『お前に任せるには役不足だったか?』
男は挑発するように話しかけてきた。

・・・まだだ
俺はまだ戦える!
守りたいものがあるんだ!!

『そうか、まだ戦えるか』
『・・・・・』
僅かな沈黙の後、男 の精悍な顔は満足げな笑顔に変わった。
『任せたぞ、新たな翔竜・・・』
そういうと男は翔竜に背中を向けて歩き出す。

待って!
あなたは誰なんですか?
翔竜の声に振り返ることなく男はゆっくり歩いていく。

男の歩む先に薄っすらと浮かび上がる風景。
戦闘の音が遠ざかり、小鳥のさえずりが聞こえる。
あるはずの無い林、そして小さな家。
出迎える3つの人影。
2つの小さな影が男に向って駆け出す。
光が差し込むと姿がはっきりと見えた。
子供を抱き上げた男がゆっくりと女性向って歩く。
『ただいま』
『おかえりなさい』
『もういいのですか?』
『ああ、俺の役目は終わったようだ』
女性の頬を伝う涙が地面に落ちると風景は次第に薄くなっていく。
4人が家に向って歩き去る。
最後に男はもう一度こちらを見た。
『任せたぞ』
風景は完全に消え、
再び目の前には戦場が戻ってきた。

全てを思い出した。
転生する前に見た映像が蘇る。
そして今までに感じた心から湧き上がる力の源、守る強さを求め た理由。
その意味も理解出来た。

すぐにでも戦いに復帰したかった。
苦戦している仲間に向って呼びかける。
行くから・・・今、そこへ行くから

意識ははっきりしているのに体が言うことをきかない。
『どこ?』
柔らかな意識が自分を探してる感じがした。
周囲を見回すとコチ ラに駆け寄る人の姿が見える。
ア イリ!?
彼女は巧みに戦場をすり抜け、まっすぐこちらに向ってくる。
別れた時とは違い、ゆったりした衣装だが内側に皮鎧を着込み、大きな魔法帽子を被っていた。
翔竜の姿を見つ けると長く複雑な魔法を唱え始めた。
魔法が完成して大きく手を翳すと翔竜は強烈な光に包まれた。
光が消えると体の痛みが蘇る。

『・・・よかった』
アイリの頬を涙が伝った。
しかし、お礼の言葉を伝える前に、後ろにいたデモニカが アイリ目掛けて大きな手を振り下ろす。

あぶない!
アイリを後ろに庇う。
襲い掛かるヤーグの手を切り落とすと、袈裟切りに槍を振り下ろした。
絶叫と共に倒れたデモニカは黒い靄となって消え去る。

なぜここに?
いるはずのないアイリを見て戸惑う。
『デモニカ襲撃の知らせを聞いたら・・・・じっとして居られなくて』
ありがとう、おかげで助かったよ

周囲は変わらずに激しい戦闘が続いている。
我を再び呼び出せ』
ハー デスの声が聞こえる。
来い!ハーデス!!
咆哮を上げながら再び姿を現した。
すまないが、援護を頼んでもいいかな?
『はい』
アイリの表情が笑顔に変わった。

先ほどまで翔竜に集中していた敵も今ではバラバラに別れているようだ。
デモニカの群れの中にあっても、彼女の笑顔が陰る事はない。
それだけで勇気が沸く。
二人は次のデモニカに向って駆け出した。

長く続いた戦いもデモニカの増援が来ないことで終結に近づいていた。
再びアムリタ女王の声が響いた時、敵は人間達を休ませる気が無いことに気づく。
『各国の城門前にデモニカが現れました』
『デモニカの街への侵入を阻止して下さ い』
『お願いします・・・』
最後は祈るようにも聞こえた。

まずいぞ!
各国の戦力は、ここプラーナに集中している。
今襲われたら十分な抵抗も出来ずに街への侵入を許してしまうだろう。
ここまで大規模な襲撃は予想した者は一人としていないだろう。
長きに渡る沈黙は、この為の準備期間だったに違いない。

ギルドの何人かは街に残してはきたが、長い時間支えられる戦力ではない。
近衛騎士団が城門を固めたとしても壁が崩されては意味が無い。

周囲ではまだ戦闘は続いているが、1匹のデモニカに対して複数で当たっている。
翔竜は周囲にいる仲間に向かって叫んだ。
みんな、集まってくれ!
ギルドのメンバーと試練で同行した仲間が集まった。

『翔竜、どうする?』
ここは今戦っている人達に任せて、俺達は街に戻ろう
『わかった、みんな行こう』
ギルドメンバーは各々転送石で街に戻り始めた。

『どうやらカルガレオンにも来ているらしい』
『そうね、急いで戻らないと』
『アリアバートは守りきれるでしょうか・・・』
『大丈夫、僕がやっつけるさ』
みんな、すまない
他の国に行って手伝いたいが、ボーダーには守りたい人達が大勢いるんだ
『分かってるさ、ここいる全員が同じ気持ちだ』
『翔竜、コーウィン、ジル、がんばって!』
『私の応援の効果は知っているでしょ?』
美 しく成長したナタリーの顔に昔の面影が蘇った。
みんなの顔に笑顔が戻る。

『次に会うのは結婚式だな、全員揃って祝いに来いよ』
『ご祝儀も忘れずにね』
『普通の物では納得しなさそうですね』
『何もって行こうかなぁ』
まだ何も用意してなかったよ
この場には似合わない笑い声が響く。

みんなが顔を見合わせる。
『じゃ、結婚式で!』
『結婚式でね』
『間違いなく伺いますよ』
『結婚式までバイバイ』
結婚式で!
それは声に出さずとも、全員の無事を祈った約束だった。

コーウィンとジルがアリアバードへ飛んだ。
カザレフもカルガレオンへ。
何故か残っているナタリーが翔竜の耳元に小声で話しかける。
『そろそろ私の応援は必要なさそうね』
えっ?
『後ろの彼女によろしくね』
振り返るとアイリと目が合った。
『式には連れて来るのよ』
そう言うと、ナタリーは翔竜の頬に軽くキスをしてカルガレオンへ飛び去った。
お、おい、ナタリー
叫んでみても、すでに飛び去った後だ。
再び振り返るとアイリが微妙な笑顔で立っている。

ナ、ナタリーの奴、何を勘違いしてるんだろうな
取り繕うようにアイリに話しかける。
『仲がいいんですね』
いや、彼女とはそういうのじゃなくて・・・
『ボー ダーへ急ぎましょうか』
何事もなかったような返答だ。
そうだな、急ごう
和んだ気分を再び締めなおす。

 

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●ボーダーの攻防

転送石でボーダーの城門前に飛ぶと、目の前で激しい戦闘が繰り広げられていた。
城門はアーヴィンと近衛騎士団がしっかり固めて敵の侵入を許さない。
残したメンバーと戻ったメンバーが、城門から少し離れた場所でデモニカの侵攻を抑えているのが見えた。
翔竜達も急いで駆け寄る。
『翔竜、遅いぞ!』
翔竜に気が付いたメンバーが交戦しながら叫んだ。
すまん、遅れた
『ここはいい、キャンプ方面から押し寄せてくるデモニカを何とか してくれ』
わかった!
そう答えてキャンプ方向へ走り出した。

進むにつれて人の数は減っていくが、キャンプ方面からは黒い津波のようにデモニカが押し寄せる。
この辺りで戦っている人達はかなりの技量があるよう で、一人で戦う魔法使いや、PTで役割分担して挑んでいた。
城門前の混戦よりは戦いやすそうだ。
翔竜もこの場に留まり、デモニカに挑む事にした。
一匹を切りつけると、周囲のデモニカが戦う相手を見つけたかのように群がってくる。
しかし、ここで複数を足止めすれば、城門前へ押し寄せる数はそれなりに減るはずと出来るだけ敵を惹きつける。
ネスデモニシャとデモニカヤーグの混成軍に取り囲まれ、翔竜の周囲は再び黒と茶褐色の壁び覆われた。

体 の周囲を羽が取り囲むと体が軽くなった。
ボーダーに着いてから ここまで、一度も後ろを振り返りはしなかった。
さっき出会ったばかりなのに、自分の後ろには必ず居ると思え、彼女はその信頼に応えてくれてい る。
デモニシャよりも魔法を使うヤーグに狙いを定め、攻撃を繰り出す。
時々周囲の敵がアイリを攻撃しないように、目で威嚇するのも忘れない。

4体目を倒した時、前方から絶叫が沸き起こる。
襲来するデモニカの数が徐々に減ってきたと思った矢先だ った。
デモニカの最後方に他よりも一回り大きく、より邪悪なオーラを纏った一匹が向ってくる。
いち早く挑んだ者が薙倒されているのが遠目に分かる。

転生前に見た映像が蘇った。
剣を地面に挿したままの抵抗することのない背中を何度も叩きつけ、あの男を家族の下に帰すことを許さなかったデモニカ。
怒りが再び翔竜を支配しようと鎌首を上げる。

ただならぬ気配を漂わせ始めた翔竜に、アイリは背後から無言で抱きついた。
アイリは力の限り、翔竜に廻した腕に力を入れる。
そうする事で翔竜の異様な気配を押さえ込もうとするかのように。

数刻の沈黙を翔竜の声が破る。
アイリ・・・・・痛いよ
顔を上げたアイリの目には、穏やかな顔で少し痛がっている翔竜の表情が映った。
ありがとう
その一言を伝えると、アイリはゆっくりと首を横に振った。

再びア ムリタ女王の声が聞こえてきた。
『そ、そんな・・・・』
『デモニカロードが現れました』
『デモニカロードを・・・・止めてください』
女王の声は、祈りへと変わっていた。

すぐにでも挑みかかりたい衝動を抑え、目の前の敵に集中する。
城門前が片付いたのか、徐々に人々が応援に駆けつけた。
周囲を囲んでいた敵も、駆けつけたギルドメンバーと協力して倒しきると翔竜は後 ろを振り返る。
アイ リ、君はここに残ってくれ
奴との戦いに彼女を連れて行きたくはなかった。
『・・・・でも』
その先の言葉を言い出す前に、翔竜は無言で首を横に振った。

『早く行こう、かなり苦戦してるようだ』
メ ンバーの言葉で前方を見る。
奴が通った跡に多くの人が横たわっていた。
みんな行くぞ!
メ ンバーに声をかけ、駆け出そうとするとアイリが叫ぶ。
『待って!』
『私はここで待ちます』
『でも、これだけは・・・』
そう言うと魔法の詠唱を始めた。
みんなの周囲に輝く5つの球体が浮かび上がると、五感が刺激され力が沸き上がる。
さ らにアイリは詠唱を続ける。
彼女を中心に小さな光の輪がメンバーを覆うように広がると、流れ出る血を止め、傷口が塞がった。

魔法を唱え終えた彼女は、今にも泣き出しそうだった。
ありがとう、ちょっといってくるよ
買い物でも行くかのように笑顔で彼女に応えると、翔竜達はデモニカロードを取り囲む人々の中に消えていった。
『待ってます・・・・』
アイリはそっと呟いた。

各々がガーディアンを呼び出し、ロードに向って攻撃を始めた。
ロードは完全に取り囲まれ、一歩も前に進めなくなっていた。
戦士が体を盾に攻撃を受け、弓使いと魔法使いが戦士の邪魔にならない距離から攻撃を繰り 出す。
ロードが巨大な黒い剣を無数に呼び出すと、剣は近くの戦士達を貫き、邪魔者を排除していく。
更に巨大な手と尾を繰り出し、人々を薙倒す。
それでも人々は次々にロードの前に躍り出て、進行を食い止めた。
倒れた人々を高位の回復魔法で蘇らせると、復活した戦士達は傷ついた体のまま、再びロードの前に立塞がる。

たった一匹 のデモニカロードに、どれだけの人が犠牲になっただろうか。
城門前では数匹だが、デモニカヤーグの進行をギリギリのところで食い止め ている。
ロードを取り囲む人で、無傷な者は1人としていなかった。
アイリがかけてくれた魔法の効果はとっくに切 れていたが、それでも立ち向かう。
すると後方から叫ぶ声が聞こえた。
『前衛の方は注意して下さい!』
その声が聞こえた数秒後、砂煙が巻き起こると巨大な竜巻がデモニカロードを覆った。
それに続くように、何本もの竜巻がロードに襲い掛か る。
視界が遮られても戦士達の攻撃は止まらない。
数秒の後、竜巻は消え去り再びロードの姿が見えた。
姿を現したロードは片膝をつき、体中から黒い霧が立ち昇っていた。
徐々に薄れていくロードの姿に人々から歓喜の声があがる。
し かし喜びの声を消すように、突然邪悪な声が発せられた。
『我は再び舞い戻る。破滅の友を引き連れて・・・』
ロー ドの消滅と共に、城門前にいたヤーグ達も姿を消した。

傷ついた体を引き摺り、翔竜達はアイリの待つ場所へ戻った。
『おかえりなさい』
アイリは笑顔で迎えてくれた が、瞳からは今にも涙が零れ落ちそうだ。
その顔を見た安堵からか、翔竜はその場に倒れこむ。
『大丈夫ですか?』
駆け寄ったアイリが翔竜の顔を覗き込んだ。
あぁ、 疲れた
そう言うとアイリに笑いかけ、「ただいま」と言った。

アイリの回復魔法で傷は殆どが治っていた。
ギルドのメンバーも各々体を休めていたが、誰の表情にも笑顔はなかった。
本来であれば喜びに沸く街の内外が、今は不安という見えざる者に支配されていた。
静まり返った戦場に再びアムリタ女王の声が響く。
『カルガレオン・ボーダーはデモニカロードの消滅と共にデ モニカ達も姿を消しました』
『しかし、アリアバートは依然交戦中です』
『城門も一部が破壊され、街の中に数匹のデモニカの進入を許してしまいました』
『至急応援をお願いします』

侵入を許してしまったのか!
『翔竜、急ごう』
今はまだ、不安を感じている時ではない。
目の前の脅威を排除してから考えればいい。

今度はアイリも同行した。
『待っているだけなのは、耐えられません』
『今度は引きとめても行きます』
揺ぎ無い決意の言葉を返す術を翔竜は知らなかった。
アリアバートにはカルガレオン・ボーダーからの援軍で全てのデモニカが排除され た。
そして他の二国と同じように、ロードは最後に呪いの言葉を残して去った。

 

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●復興の中の企み

2 匹のロードに襲われたアリアバートは復興に忙しい。
デモニカの侵入は街の入口付近で食い止めはしたものの、城壁の一部といくつかの建 物が破壊された。
各国の戦士達は各地から建築の材料となる物を持ち寄り、職人は建材の加工に勤しんだ。
そんな職人達の中でナタリーも額に汗を光らせ働いていた。

『ふぅ、カザレフが材料を運んでくるまで一休みっと』
瓦礫に腰を掛け、復興の進む街を見回す。
『み んな復興に一生懸命なんだけど・・・・何か足りないのよね』
そう一人呟くと働く人々を眺める。
『う〜〜〜ん ??』
『ああっ、分かった!』
『ん?何が分かったんだ?』
ナタリーの背後からカザレフが覗き込むように問いかける。
『おっかえり〜、ご苦労様』
『ただいま』
『で、何が分かったんだ?』
そう聞かれてナタリーは先ほどまで考えていた事を説明した。
みんなが一生懸命、復興のために働いているけれど何か足りない気がした事。
人々の顔を見ていて思いついた事。
それは、みんなの表情に笑顔が無いという事だった。

『仕方ないさ、あれだけの恐怖と被害を被ったんだ』
『でもね、過ぎてしまった事は仕方ないじゃない?』
『そりゃ、悲しい思いをした人も大勢いるとは思うけ ど・・・・』
『まぁな』
相槌を打つカザレフ見返すナタリーの顔が、何かを思いついたように輝いた。
そしてカザレフは「またか」という溜息をつく。


ボーダーから資材を運んで来た翔竜をナタリーが呼び止める。
『ねぇねぇ、ちょっとこれから言う材料を大量に集めてくれない?』
『あ、その前にコーウィンとジルも呼んできて、何度も説明するの面倒だから』
抵抗は無駄としっているので、面倒くさそうに返事をする。
はいはい

散々探し回り、やっと二人を見つけると「ナタリー様がお呼びだぞ」と伝える。
そう伝えると、二人揃って同じ反応を返す。
笑いながら「やれやれ」と。

連れて来たぞ
『ご苦労様、さっそく集めてもらう材料の説明をするわね』
『ガザレフが居ないけどいいの?』
『みんなとは違う材料を、集めに行ってもらってるわ』

『それで私達は何を集めれば?』
『獣の毛よ、それも大量にね』
何かを企む様な笑顔でウィンクをする。

大量にって500くらいあれば十分かい?
『ぜ〜んぜん』
『最低でもその20倍は集めてもらわないとね』
い、1万だって!?
簡単に集まる量じゃないぞ
『だから集まってもらったんじゃない』
『よろしくね』
こりゃ、ギルドメンバーにも協力してもらうか・・・

材料は順次カルガレオンの工房まで持ち寄る事になった。
アリアバートでは復興のため、工房も大勢の生産者が集まっていて邪魔になりたく ないそうだ。

ひとつの狩場に皆が集まると効率が悪いので、各地に分かれて集めることにした。
翔竜もボーダーへ戻ると、メンバーに協力してもらえるよう頼み込み、さっそく収集を始める。

数日かけてナタリーが 希望しただけの材料が集まった。
『みんなご苦労さま〜』
『私は暫く工房に篭るから邪魔しないでね』
『カザレフが見当たりませんね?』
『いいの、いいの』
『馬車馬のように働かせてるから気にしないで』
なんだかカザレフが不憫に思えてきた。

何に使うかくらい教えてくれもいいんじゃないか?
『ふふ〜ん、ひ・み・つ』
『あ、そうだ、忘れてた』:
そう言ってナタリーは皆に何か配り始めた。
結婚式の招待状じゃないか
前に貰ってるぞ?
『よく見てよ、前に渡したのはカルガレオンの教会』
『今配ったのはアリアバートの教会よ』
『あ、ほんとだ』
『前の招待状は捨てていいよ』
『あとね、当日は翔竜・コーウィン・ジルの3人は3時間前集合ね』
『随分と早い集合時間ですね』
また何かやらせる気だろ?
『それも、ひ・み・つ』
何かを企んでいる時は、昔のような愛嬌のある顔をするもんだから、誰も文句が言えなかった。

それじゃ、みんな解散だな
『『おつかれさま 〜』』
みんながそれぞれ帰路につき始めると、ナタリーが翔竜を捕まえる。
『こないだの子、絶対連れてくるのよ』
そう言うと、招待状をもう1枚手渡した。
『どうせ自分からは、話しかけてもいないんでしょ?』
図星だった。
「わかったよ」とナタ リーに答え、翔竜もボーダーへ戻った。

溜まり場では、集めた材料を何に使うかで話は盛り上がっていた。
するとアイリがひょっこり顔を出した。
『楽しそうですね』
や、やぁ
久しぶり・・・って程でもないか
『そうですね』
穏やかな笑顔は、あの時と変わらない。
今日はいつもの作業スタイルだ。

あ、そうだ
前に会ったナタリー、覚えてる?
『ええ、きれいな方でしたね』
あ、まぁ・・・そうだね
それはどっちでもいいんだ
ナタリーが聞いていたら、間違いなく怒りそうだ。

今度、結婚することになってね
『そ、それは、おめでとうございます』
寂 しそうな笑顔で祝いの言葉を口にした。
『そ れじゃ、私はこれで・・・・・』

立ち去ろうとするアイリを、慌てて引きとめる。
ちょっと待って!
結婚するのはカザレフとナタリーだよ
『え?翔竜さんがするんじゃなかったんですか?』
・・・・そんな予定はまったくありません
自分の答えに落ち込んだ。

まぁ、俺の事はいいんだ
ナタリーからアイリへって招待状を預かってるんだけど、出席出来そう?
『喜んで出席させて頂きます』
『私、結婚式って初めて出席するんです』
とても嬉しそうなアイリを見て、翔竜はナタリーに感謝した。

その後、お祝いは何が良いかとか、当日の衣装は何を着るかと話が尽きない。
考えてみればアイリと、こんな普通の会話をしたのは初めてだった。
それでも彼女の印象が変わることはなく、まともに顔を見て話せずにいた。

相談の結果、斡旋所で取り扱っている製作用のハンマーと片手斧を贈る事にした。
討伐依頼を何件もこなしてポイントを貯める。
結婚式まであまり日は残されていなかったので、連日依頼をこなしてはいたが、色々な場所も見て周った。
虹が綺麗な神殿・喋る大木・上まで見ることも出来ない巨木で日の出まで語り合っ た。
二人の距離は急速に近づいてはいたが、何かを約束することはなかった。
結婚式前日にやっとポイントも貯まり、無事商品を受け取る。
やっ と貯まった
『喜んでもらえるといいですね』

 

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●笑顔が奏でる福音

結婚式当時、翔竜達は言われた通り3時間前にはアリアバートにいた。
アリアバートの復興作業はまだ終わらない。

『何かするのかな?』
『あの時のナタリーの表情からすれば、素敵な事とは思えません がね』
たしかに
これから何をさせられるか笑いながら話をして主役の登場を待つ。

『おまたせ〜、みんな遅れずに来たわね』
『えらい、えらい』
『みんな早くから悪かったなぁ』
本日の主役、カザレフとナタリーがやってきた。
二人とも今日が結婚式とは思えない格好をしている。
カザレフは鎧に身を固め、これから狩りにでも行くかのようだ。
ナタリーも作業エプロンに獣の毛やら何かの枝が付いたまま。

今日の主役がなんて格好で現れるんだよ
『さっきまで材料集めをしてたもんでな、勘弁してくれ』
『まぁ格好なんていいじゃない、さっそく仕事をしてもらうわよ』
ナタリーがそういうと、カザレフは3つの大きな袋を取り出す。
翔竜達3人にその袋を手渡すと、ナタリーが説明を始めた。
『今渡した袋の中には化粧筆が入ってるわ』
言われて中を覗くと、確かに大量の筆が見える。
『こんなに沢山の化粧筆をどうする気ですか?』
『この筆を街中の人に配って欲しいの』

ナタリーが言うには、襲撃されて以来アリアバートから笑顔が消えてしまった。
一時だけでも良いので、みんなに笑顔を取り戻す方法はない か考えて、今回の結婚式をアリアバートで行い、結婚式をやっている間だけでもいいから街中の人が子供に戻って楽しんで欲しい。
そういう事だった。

『素晴らしい考えじゃないですか』
『うんうん』
翔竜はナタリーの考えに言葉が出なかった。
昔に行った試練を思い出した。
幼さの残る5人が誰も脱落せずに試練を乗り越えられたのも、ナタリーの明るさがあったからだと思い返す。

それじゃ、配りながら時間になったら使って欲しいと言えばい いんだな?
『そういう事、よろしくね』
『配るのは私達に任せて、二人は準備と着替えをした方が良さそ うですね』
『主役が時間に遅れでもしたら大変だもんね』
タキシードのカザレフか・・・・・笑わすなよ?
『おぃおぃ、そりゃどういう意味だ?』
『ナタリーも結婚式のときくらいは化粧して下さいよ?』
『私の美しさは化粧要らずなんだけどな〜』

さっ、冗談はそのくらいにして配ってしまおう
『そうですね、私達が遅れても洒落になりませんよ』
『それじゃ、僕は東地区を配ってくるね』
『それじゃ、私は西地区へ行きましょう』
俺は南地区だな
配布地区を決めると、それぞれ別れた。

南地区は城門がある場所で、今回の襲撃で一番被害の大きい地区だ。
働いている職人や材料を運んでいる戦士達に化粧筆を配って歩く。
『ありがとう、必ず使うわ』
『時間になったら使えばいいんだな、楽しみにしとくよ』
喜んで受け取ってくれる人が殆どだったが、中には拒否する人もいた。
『そんなもん使ってる暇はないんだよ!』
『時間が惜しいんだ、見て分からないか?』
そんな事を言われても、翔竜は無理やり手渡した。
きっと周囲で使い始めれば、拒否した人も使ってくれる。
いや、 使って欲しいと思って渡した。

式の1時間前には全ての筆を配り終わり、3人は再び集まった。
おつかれさま
全部配れたかい?

『多少渋る人もいましたが、全部配りましたよ』
『こっちも全部終わったよ』
俺も無理やり渡した人もいたけど、配り終わったよ
『そろそろ、私達も準備した方が良さそうですね』
そうだな、一度戻ってまた来るよ

ボーダーに戻った翔竜は、お祝いに用意した品を持って溜まり場にいた。
獣の毛集めに参加した全員に招待状を渡していたので、ギルドメンバーも全員参加。
みんなが集まり始めるとアイリも溜まり場にやってきた。
普段は皮鎧か作業用エプロンの姿しか見 たことがなかったが、今目の前にいるアイリは黒を基調としたワンピースに身を包んでいた。
薄っすらだが化粧もしているようだ。
『変じゃないですか?』
『着慣れないから、ちょっと恥ずかしいんだけど・・・』
う、うん
いいと思うよ

照れてしまって、それ以上の言葉が出なかった。

アリアバートの教会前には既に大勢の人が集まっていた。
見知らぬ人も多かったが、式場前は二人の結婚を心から喜んでいる会話が交わされていた。
『お集まりの皆様、式場内へお入り下さい』
式場案内の人から入場を促す声か聞こえた。
式場内はステンドグラスから差し込む光で覆われ、荘厳な雰囲気が漂っていた。
入場前までは騒がしく会話をしていた人々も、席に着くと自然と静かになり、主役の登場を待った。

式の始まりを知らせる重く荘厳な鐘の音が鳴り響く。
街中ではこの鐘を合図に筆を使ってくれているはずだ。
どれだけの人が使ってく れているかと考えていると、入口の扉が静かに開く。
純白の衣装に身を包んだ二人が静かに入場してきた。
カザレフは普段見せる表情とは違い、なにやら硬い表情をしている。
緊張しているのが傍から見ても分かった。
ナタリーは コーウィンに言われた通り、薄っすらと化粧をしている。
素直に綺麗だと思った。
微笑むような笑顔で、まっすぐ前を向いて歩いている。
神父の前でまで来ると静かに膝を着く。
神父の話が機上世界の成り立ちから始まって、二人がこの先変わらぬ愛を約束するかと聞いている。
『『誓 います』』
間をおくことなく二人は答えた。
『変わらぬ愛の証を示したまえ』
神父の言葉の後、二人はそっとキスをした。
『この愛を 永遠に』


神父の言葉が締めくくると、クラッカーが鳴り響き、ライスシャワーが 二人を包む。
祝福するみんなの声はアリアバート中に聞こえたに違いない。
招待客に挨拶をして周る二人は、見慣れ てるはずなのに別人のように感じた。
そして翔竜達の前にくるとカザレフがすかさず言う。
『笑うなよ?』
その一言でみんな笑い出してしまった。
『どう?私に恋しちゃいそうでしょ?』
ナタリーの一言で、更に笑いが広がった。
見た目は多少変わっても、中身はまったく変わらないらしい。

挨拶を終えて、二人が出口で招待客を見送る。
出て行く人に何かを渡しているようだ。
事前に翔竜達3人は一番最後に出るように言われていたので、皆の退場が終わるのを待ってから出口に向かった。
『今日は 手伝ってくれて、ありがとう』
『早い時間から悪かったな』
『そんな事より、素晴らしい式に招待して頂き感謝してますよ』
『うんうん、ナタリー、綺麗だよ』
『ありがとう』
『ジル、俺はどうだい?』
『カザレフは・・・・緊張しすぎじゃない?』
『ぐっ』
痛 いところをつかれたようだ。
良い式だったよ
カザレフも長年の思いが実ったようだしな
『な、何言ってるんだよ』
試練の時に一目惚れしたんだろ?
『ど、どうしてそれを』
どうしてって・・・・・
誰が見ても分かるだろ
『ですね』
『えぇ、そうだったの?』
ナタリーがカザレフを気にするようになったのも試練の時だよな?
『な、 なに言ってるのよ』
『私はカザレフがどうしても結婚してくれって言うか ら・・・・』
『そ うだったのか、ナタリー?』
『知らない!』
プイッと逸らしたナタリーの顔が耳まで赤くなっていた。

外に出てからアイリと祝いの品を渡す。
『ご結婚おめでとうございます』
『ナタリーさん、とっても綺麗ですよ』
アイリはウェディングドレスに身を包んだナタリーを憧れの眼差しで見ている。
『ありがとう、このお祝いの品は貰うのに苦労したんじゃない?』
『翔竜さんが頑張ってくれましたから』
『ねえ、ちょっと』
そう言うとナタリーはアイリを人混みから外れた場所に連れていく。

なんだ?
『女同士、色々情報交換でもしてるんじゃないか?』
そんなもんかね〜
2人の女性は時折こちらを見ては、指差して笑ったり、ひそひそと何か話している。

数分後、何やら含み笑いを残したまま2人は戻ってきた。
戻ってきたアイリの手には、先ほどまでナタリーが持っていたブーケ。
どうしたんだい、それ?
『ナタリーさんが、次はあなたの番よってくれたの』
そ、そんな予定あるのかい?
『ふふふ、どうかしら?』
そんなやり取りをしていると、またナタリーが呼びかける。

『ほら、翔竜もさっさとこれ受け取って』
翔竜も化粧筆を渡された。
しかし配った筆とは少し色合いが違う。

『みんな、今日は忙しい中、結婚式に来てくれて、ありが とう』
『ありがとうございます』
『引出物という程じゃないが、皆に化粧筆を配らせても らった』
『今日くらいは子供に戻って楽しんでね』
二人の言葉が終わると、式場前は次々と白い光が発せられた。
光が消えると、そこには幼年期の姿をした招待客で溢れている。
みんな童心に戻って走り回ったり、飛び跳ねている。
俺達も使ってみるか
『ええ』

翔竜達を白い光が包む。
光が消えると翔竜は少年期、アイリは幼年期の容姿になっている。
あれ?なんで俺は少年期なんだ?
『私達5人は出会った頃の格好の方がいいかなと思ったの』
見ると試練の仲間だけが少年期の容姿をしていた。

『で、相談なんだが・・・・・』
・・・・・
『いいですね』
『行こう、行こう』
懐かしいな
『アイリさんも一緒にどう?』
ナタリーの誘いにアイリは首を横に振った。
遠慮しなくてもいいのに
『いいの、今日は5人で行って』
『今度ゆっくりお話を聞かせてね』
そう言うとアイリは
笑顔で5人を送り出した。

5人は子供に戻ってはしゃぐ招待客の中からそっと抜け出し、街中を城門に向かって歩いていった。
城門まで移動している間、一人も大人の姿を見なかった。
代わりに復興作業は中断され、大勢の子供が笑顔で走り回る。
『・・・・よかった』
ナタリーが嬉しそうに涙を流した。

城門から出た5人はカルガレオンへ飛び去った。
『さて、ここから歩いて向かおうか』
そうだな、あの時と同じように
5人は出会った時と同じ姿で、同じように風車に向かって歩き出した。
道中は出会った頃の話で盛り上がった。
風車内部に入ると、突然ナタリーが笑い出す。
『おい、どうした?』
『あの時、入ってすぐなのにジルが沢山のオークを連れて、泣きながら走ってきたのよね』
絶叫しながらな
『変なこと思い出さないでよ〜』
『あの時ほど全力で逃げた事はありませんでしたよ』
まったくだ
風車の中を笑いながら歩く5人に襲い掛かるオークは一瞬で倒された。

懲りずに襲ってくるオークを倒しながら、あの時はここで全員やられたんだとか、ここで逸れたなど試練を振り返る。
最後の部屋に入ると、そこに敵はいなかった。
『あの時はよく倒せたよな』
『私の応援があったからでしょ?』
かつては死闘を繰り広げた部屋に5人の笑い声が響き渡った。

風車を出てアリアバートの城門前まで戻る。
『楽しかったな』
『敵が弱すぎたけどね』
『あの時泣いていたのは誰でしたっけ?』
『それはもう言わないでよ〜』
『次の結婚式は誰かしら?』
ナタリーの一言で4人の視線が翔竜に集中する。
え? 俺?
『さっきの子とうまくいってるんだろ?』
『二人で狩りをしてる所をみましたよ』
え、いや、え〜と
『翔竜って戦う時は度胸あるのに、こういう事になるとからっ きしね』
もぉ 勘弁してくれよ〜
『まぁ いいわ、招待状を楽しみにしてるわね』
『次は翔竜の番なんだね!』
『ジル、それは分からないぞ』
『そうですよ、愛想つかされるかもしれませんからね』
・・・・嫌なこと言うなよ

見渡すと周囲はすっかり夕日色に染まっていた。
これからどうする?
『俺達はアリアバートの宿屋に部屋を取ってあるんだ』
『新築よ、うらやましいでしょ?』
デモニカの襲撃で壊されてしまった宿屋は、新たに立て直されたばかりだった。
あぁ、独り者は立入り禁止の宿屋の2階か
『みんなも早く入れるといいわね』
『これ以上、新婚さんを引きとめるのは野暮ってものですよ』
そうだな
『なんかカザレフがそわそわしてるよ?』
『うっ、言うなよ』
それじゃ、今日はここで解散だな
『今日は本当に楽しかったです』
『楽しかったね』
『みんな、今日だけじゃなく、今まで本当にありがとう』
『これからも、よろしくな』
『よろしくね』
当たり前だろ
『こちらこそ、ですよ』
『よろしく〜』

翔竜とコーウィンで街中に入ろうとするカザレフを強引に引っ張り、ナタリーから距離を置く。
カザレフ、言わなくても分かるだろうけど・・・・
がんばれよ!
『勝負どころですよ』
・・・・・
『まかせておけ!』
ガッツポーズしながら大 笑いしている3人を、ジルがナタリーが遠巻きに見ている。
『3人は何を笑ってるんだろ?』
『さぁ、どうせろくな話はしてないわよ』
そう答えたナタリーの顔は夕日よりも赤くなっていた。

あの二人ならいい子が生まれるだろうと思った。
きっと家庭は笑顔が絶えないだろうとも。

ふと、転生前に見た映像を思い出す。
あの家族もデモニカが来なければ、穏やかな日常を送れたんだろうかと、既に夕日が沈んでしまった夜空を見ながら思った。

コーウィンと ジルに別れを告げ、街へ入る。

街灯に浮かび上がる復興途中の街。
翔竜は改めて街中を見回した。
作業はすでに再開され、多くの人々が行き交う。

そして作業に取り組む人々の顔は笑顔に変わっていた。

 

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●始まりの時

 

カザレフとナタリーの結婚式から1週間後、翔竜は再びアリアバートを訪れていた。

謁見の間で膝をつきアムリタ女王の答えを待つ。

『ボーダー王から頼まれては断れませんね』
『ウキョウ、司書室へ連絡をお願いします』
ありがとうございます

ウキョウの手配で司書室から図書館の許可証を貰う。
以前にコーウィンと入った時の手順をなぞり中に入る。
今回、読む本は決まっていた。
『大地を見送りし者達』

デモニカとの戦闘に倒れて以来、一度も響かなくなった声。
以前に訪れた時、読む暇のなかった本。
不思議と繋がりを確信していた。

迷うことなく本を見つける。
導かれるかのように。
本は古代文字で書かれていたが、ページを捲り続けた。

あるページで手が止まると、急速に意識が遠のく。



『隊長』
『隊長!』
呼ばれる声で目を覚ましたが、見覚えのない風景。
どこかの城のようだ。

『何をボーッとしているんですか?』
『あぁ、すまん』
『昨夜、子供がちょっと熱をだしてな』
『遅くまで看病していたんで、ウトウトしてしまったようだ』

自分の意志とは関係なく言葉が紡ぎだされる。
そしてその声は間違いなく頭に響いていた声だった。

『それは大変でしたね』
『それで、偵察は戻ったのか?』
『いえ、まだのようです』
『難民はどうだ?』
『今日になって更に増えたようです』
『明日あたりには城外にテント設営の要請がきそうですね』
『そうか・・・・』
『すまんが少し席を外す』
『何かあったらリングで知らせてくれ』
『わかりました』

兵士の詰所らしき場所を出て城内を歩く。
行く先は謁見の間のようだ。
扉を開き、中に入ると正面には威厳に満ちた王が鎮座している。

『状況はどうだ?』
『思わしくありません』
『偵察は未だ戻らず、難民の数は増加しています』
『そうか・・・』

《隊長、偵察が戻りました》
《至急詰所までお戻りください》
『わかった、すぐ行く』
『どうやら偵察が戻ったようです』
『後ほど報告に参ります』
『わかった』

謁見の間から詰所までの戻る道中、場内の各所に見慣れぬ種族を見かけた。
『戻ったのは誰だ?』
『ダンです』
『今、応急処置をしてますので暫しお待ちください』
『負傷しているのか?』
『はい、かなりの傷を負っていました』

待つ間に難民の誘導を部下に指示している。

『只今偵察より戻りました』
『傷は大丈夫か?』
『事は私個人の生命よりも急を要します』
『わかった、すまないがこのまま謁見の間へ同行してくれ』
『はい』
『だれか、ダンを担架で運んでやってくれ』
『自分の足で・・・』
そう言いながら立とうとしたが、前のめりに倒れこんだ。
『無理はするな』
『・・・申し訳ありません』

担架で運ばれるダンと共に、再び謁見の間へ戻る。

『王、事は急を要するようなので偵察より直接報告をお聞きください』
『戻ったのはダンか』
『負傷の身で辛いとは思うが、報告を聞かせてくれ』
『はい』

ダンが持ち帰った情報は、長く続いた戦いだが、悪鬼はついに始原の大樹への進行を開始したようだ。
進行速度は速く、防衛にあたっている者達の大部分が退けられてしまった。
滅ぼされたり、悪鬼に寝返ってしまった種族もいるようだ。

謁見の間は沈黙に支配された。

『すまんが、失礼するぞ』
声と共に小柄で恰幅のよい老人が謁見の間に入ってきた。
『ドワーフ族の長老ではありませんか』
『紹介はいらん』
『獣人族と巨人族の長老は騒ぎになると困るので始原の森に待機しておる』
『お心使い、感謝致します』
『エルフはまだおらんのか?』
『先ほど使者の者が見え、リングを残していきました』
『会談の場が決まったら知らせてほしいそうです』
『相変わらず高慢な種族じゃな』

王はドワーフの長老に、先ほど受けた報告を伝えた。

『急がねばならんな』
『ええ』
『すまんが始原の森までご足労願おうか』
『ついでに高慢なエルフにも伝えてくれ』
『すぐに向かいます』

ドワーフの長老は先に森へ向かうため、謁見の間を後にした。

『ダン、ご苦労だったな』
『ゆっくり休め』
『お心遣い、感謝いたします』
『しかし、休んではいられません』
『隊長命令だ、次の指示があるまで休んでいろ』
『わ、わかりました』

『我々も森へ急ぐとしよう』
『隊長も同行してほしい』
『わかりました』

王は隊長と共に始原の森へ赴いた。
森の中心には、人の目では頂点を確認する事すら不可能な程の巨木がある。
各種族の代表はその根元に集まった。

『ほぉ、エルフからはあんたが来たか』
『よろしくお願いします』
『横の若木はなんじゃ?』
『息子のウキョウです』

『改めての自己紹介は不要ですね』
『事態を説明させてください』

王が現在の状況を伝える。

『周囲から覆われては、下か上に逃げる以外ないぞ』
『暗雲がこの大陸を覆い尽くす前に対処しなければ、生きれる場所を失うということか』
『全種族が地下に逃げるには時間がないようじゃ』
『ウキョウ、なにか考えがあるならば言ってみなさい』
『はい、上に逃げては如何でしょう?』
『羽も無いのにどうする気じゃ?』
『父上、世界樹のルーンを使えば可能ではないですか?』
『たしかに可能かもしれないな』
『お待ちください、確かに世界樹のルーンを使えば広範囲を逃がすことは可能でしょうが・・・・』
『誰が魔力を注ぎ続けるのです?』
『私がやりましょう』

そう答えたのはウキョウの父、エルフ族の代表者であった。

『確かに賢者であるお主の魔力であれば可能じゃの』
『しかし、他にも問題があります』

エルフは世界樹のルーン発動までの流れを説明した。
世界樹のルーンを発動させるには膨大な魔力が必要であり、その蓄積に時間がかかる。
無事に逃げる事が出来ても、大陸内にデモニカが居ては意味がない。

『世界樹のルーンは地上に突き刺された魔法触媒をもとに範囲を定めます』
『触媒はいくつ必要じゃ?』
『6個の触媒を使って魔方陣を描きます』
『了解じゃ』
『では我等獣人族が、触媒に時空転移の魔法を付加しましょう』
『結界に触れた者は内部には入れず、時空の狭間を彷徨う事になります』
『準備に必要な時間は?』
『最低でも一週間は頂きたい』
『心得た、我等巨人族がデモニカの侵攻を遅らせてみせよう』

『触媒の方にも問題があります』
『なんでしょう?』
『ルーンが発動するまでの間、触媒を壊されないよにしなければなりません』
『ひとつでも壊されてしまうと、ルーンが正しく発動しない可能性があります』
『壊されたらどうなるんじゃ?』
『私の魔力とルーンの力を考えると・・・・・』
『おそらくデモニカの半数を同行させる範囲まで広がってしまうでしょう』
『そして無事ルーンが発動しても、地上からの侵入を防ぐ結界が発動しない可能性があります』
『触媒を死守せねば、逃げる意味なしというわけじゃな』

『では各種族ごとに触媒を守りと、その方面への防御を行うようにしましょう』
『この世界の代表種族は5種だ』
『1つ足りんのぉ』
『我々が2ヶ所受け持ちましょう』
『我々は人数も多く、平均的な能力を持っていますから大丈夫でしょう』
『では世界樹のルーンを囲むように、6方向への備えとしよう』
『少数種族の者は巨人族と行動を共にして頂きましょう』
『心得た』

防衛方面も決まり、各代表者達は帰っていった。

 

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●受け継がれし魂

会談の翌日からエルフの代表者は世界樹のルーンへ魔力を注ぎ始めた。

それからの一週間は過去に類を見ないほど激しい戦闘が続いた。
一番安定していたのは巨人族。
人数は一番少ないが、さすがに始原の種族は強い。
また、各方面へも数名を増援としてまわす余裕があった。

エルフも自然魔法と遠距離攻撃を駆使して、デモニカを寄せ付けない。
獣人族は時空魔法で転送させたり、動きを緩慢にして各個撃破を繰り返した。
ドワーフは丈夫な体を活かし、肉弾戦でデモニカに挑む。
敵が進行を躊躇するほど、ドワーフの戦闘は凄まじかっった。

一番苦戦を強いられたのが人間族の2ヶ所。
剣と魔法で挑むが、ジリジリと押されているのが傍から見ても分かった。
隊長の檄が飛ぶ。
『これ以上の侵入を許すな!』
『あと1日持ちこたえればいいんだ!!』
皆わかってはいたが、戦場に居る者、後方で出撃を待つ者は全員が満身創痍だった。

隊長は一旦後方に下がり、人間軍の本部となる天幕へ向かった。
天幕には先客がいた。
エルフ族の賢者の息子であるウキョウ。
まだ若い彼には後方からの作戦指揮を依頼していた。

『ご苦労様です、戦況はどうですか?』
『思わしくないな』
『と、いいますと?』
『X部隊の位置にかなりのデモニカが集中してきた』
『そうですか・・・』
『触媒が届いたら、ナグー騎乗部隊で前線を一気に押し上げようと思う』
『それしか手段は無さそうですね』

その数時間後、ついに手元に触媒が届けられた。
見た目は巨大な剣だが、刀身に彫られたルーン文字が青白く光り、剣全体を淡い光で包み込んでいる。

届けられた剣は2本。
世界樹のルーン発動は天に見える2つの惑星が完全に重なり、1つとなった瞬間と決まっていた。
天に見える2つの惑星は徐々に距離を詰始めていた。
残り時間はあまり残されていない。
人間族が受け持ったエリアは2ヶ所。
あらかじめ指示された場所に触媒を立てるのは誰が行うか。
『私がやりましょう』
ウキョウは迷わず剣を握る。
『すまんな、危険な使命を負わせて』
そう言うと残る1本を隊長が握り締めた。
触媒の守護者は決まった。

『すまないが少しここを離れても構わないか?』
『構いませんが、どちらへ?』
『家族に会ってくる』
『分かりました』
『ウキョウも父に会っておくといい』
『行っても邪魔になるだけです』
『それに我々エルフは長寿ですから、また会う事も出来ましょう』
『そうか、すまんな』

『ナグー騎乗部隊を召集後、2部隊に分けて待機させてくれ』
『はい』
『すぐ戻る』
そういうと隊長は天幕を出て行った。

ナグーとは竜に似た生物で空は飛べないが、背中に乗って高速移動することが出来る。
隊長は金色に輝くナグーに跨ると、ドワーフが戦っている戦場の後方にある小さな林に向かった。
林の中には小さいながらも手入れの行き届いた家、庭には小さな畑と花壇がある。
ナグーを降りると彼は家の扉を開けた。
『ただいま』
『あ、父さんだ』
子供の声が聞こえると、ドタドタと走り寄る2つの足音が聞こえる。
走り寄る子供達は彼の首に腕を回し抱きついた。
2人を抱え上げると奥から控えめだが美しい女性が現れる。
『おかえりなさい』
彼女は彼が背負っている大剣を見ただけで、全てを察したようだ。

彼女は少し早いが食事にしましょうと言い、準備を始めた。
食事を待つ僅かな時間、子供達は父親に剣の稽古をつけてもらっていた。
食事の準備が整い、4人は楽しそうに会話をしながら用意された食事を食べる。
戦時下なので豪華な食事とは言えないが、庭の畑で取れたであろう野菜を中心に今用意出来る精一杯のご馳走だったろう。

食事を終えると彼は席を立ち子供達に話し掛ける。
『お母さんを頼むぞ』
きょとんとした子供達は意味を理解してはいないようだが、父親に頼みごとをされたのが嬉しいらしく元気に返事をした。
『『はい!』』
彼は満足気に頷くと女性のと目を合わせた。
『すまない』
ただ一言をいうと外に向かい歩き始めた。

外に出ると彼は再び大剣を背負いナグーに跨る。
軽く片手を上げ、淋しげに微笑む。
『ちょっと行ってくる』
子供達は両手を振り父親を見送る。
『『いってらっしゃ〜い』』
女性は流れ落ちる涙を拭こうともせず、彼の姿を焼き付けようと見つめていた。
走り去り、姿が見えなくなっても彼女はその場に立ち尽くしていた。


天幕の近くにはナグーに跨った多くの者が号令を待っている。
ナグーを降り天幕に入るとウキョウが大剣を背負い待っていた。
『すまん、少し遅れたか?』
『いえ、大丈夫です』
『ウキョウ、君はY方面を頼む』
『私はX方面へ行く』
『X方面は一番戦火の激しいエリアですよ!』
『だから私が行くんだ』
『しかし・・・』
隊長は視線だけで、その先の言葉を言わせない。

『長寿であるエルフの君にしか頼めない事がある』
『なんでしょう?』
『これからの世界が間違った方向へ向かわぬよう見守って欲しい』
『そしていつの日かデモニカを退け、この世界を取り戻してくれ』
『分かりました、私に出来る限りの事をすると約束します』

ウキョウと共に天幕を出て空を見上げる。
『時間が無さそうだな』
天空に浮かぶ2つの惑星はすでに隣り合い、端が重なり始めていた。
『触媒を立てる場所の特定どうなっている?』
『目的地に近づけば剣の輝きが増すと聞いています』
『ある程度の位置は事前に確認しているから問題はあるまい』
『そろそろ行かないと間に合わなくなりますね』

待機しているナグー騎乗部隊の元へ向かう。
『ウキョウ、すまんな』
『どうしたんですか?』
『長寿の君には酷な事を頼んでしまった』
『気にしないで下さい』
『この部隊に来たときから人間と共に生きる覚悟はしています』
『そうか』

2人は視線だけで別れを交わすと部隊へ合流した。
『これからデモニカに対して突入をかける!』
ざわめきが広がる。
『諸君の役割はデモニカを下がらせる事だけに集中してほしい』
『デモニカが下がったのを確認したら、すぐに後退だ』
『これが最後の戦いになるだろう』
『生きて戻れ!君達はこの先の未来を担う責任がある事を忘れるな!』

『全部隊突撃!!』

ウオオオオォォォォー
みなが自分を鼓舞させるため、大きな声を出し走り出した。
天空の惑星は既に半分が重なり合ってい る。

デモニカの黒い壁に色とりどりなナグーの群れが突っ込む。
翻弄するように駆け回るナグー隊の先頭には、金色のナグーに跨った隊長の姿があった。
『戦闘はするな!』
『足を止めずに駆け抜けるだけでいい!』
隊長の言葉通り、駆け抜けるナグー隊にデモニカの統制が乱れた。
ナグー隊が駆け抜けた場所に人が集中すると、黒い壁に亀裂が走る。

亀裂を中心に激しい戦いが繰り広げられた。
統制を欠いたデモニカ達は徐々に後退していく。
だが、こちらも無傷ではいられない。
デモニカは1匹でも十分すぎるほど、脅威の対象であることに変わりはなかった。
黒煙となって消えるデモニカに対して、大地には人々の屍だけが残される。
しかし屍を踏みつけられることなく、デモニカを後退させた。
天に見える惑星は左右に細い三日月を残すまで重なっていた。

ナグー隊を下がらせ、騎乗を解かせると元ナグー隊も戦闘に加わる。
触媒を立てる場所には小さな魔方陣が描かれていた。
デモニカを退けると魔方陣から天めがけて光が発せられる。
『時間がない』

『ダン!来てくれ!』
今回、副隊長として同行したダンを呼ぶ。
『なんでしょうか?』
『俺が突入したら全軍を後退させてくれ』
『そんな事をしたら、隊長がデモニカに囲まれてしまいますよ!』
『この状態でルーンが発動したら、多くの者がこの大地に取り残されてしまう』
『この大地に残るのは俺一人でいい』
そういうと触媒となる大剣を背負い、腰に下げていた剣と盾をダンに手渡す。
『すまないが、それを息子達に届けてほしい』
『必ず届けます』

『ルーンが発動しても少数のデモニカは同行するだろう』
『必ず根絶やしにしてくれ』
『分かりました!』
天を見上げれば惑星は殆ど重なり、魔方陣の光は輝きを増していた。

『いくぞ!』
そう言うと隊長は魔方陣めがけて走り出した。
走りながら周囲に叫ぶ。
『後退だ!後退しろ!』
別方向ではダンが同じように叫んでいるのが聞こえた。

魔方陣に近づくにしたがって触媒の大剣も輝きだす。
魔方陣に辿り着くと、背負っていた大剣を魔方陣の中心に突き刺した。
左右 に薄い緑色のベールのような光が広がる。
獣人族が付加した時空転移の魔法が発動したようだ。
光のベールに触れたデモニカが忽然と消え去る。
『光に触れるな!時空の狭間に飛ばされるぞ!』
叫びと同時に光に触れたデモニカ達はその場から消える。
ベールの内側に入り込んだデモニカは多く無さそうだった。

『あの数なら殲滅は可能だな』

安心したのも束の間、デモニカロードが魔方陣の存在に気がついた。
『やはり簡単には行かないか』
隊長はそう独り言を言うと、魔方陣からベールの外側に飛び出し剣と盾を構えた。
自分の剣と盾はダンに預けてしまったので、手元にあるのは一般的なロングソードとカイトシールド。
『この武器では倒すことは出来ないだろうが、時間くらいは稼いでみせる』
隊長はデモニカロードに突っ込み、魔方陣から敵の意識を逸らす。

魔力付加のない武器ではデモニカに傷を負わせは出来ないが、超人的な動きでデモニカを翻弄させた。
しかし、それも長くは続かない。
『まだか!』
そう叫び空を見上げる。
すでに2つの惑星は重なり合い1つとなっているが、ルーンはいまだ発動していない。
僅かな隙を見逃す程デモニカロードは甘くなかった。
横から迫る巨大な手を避ける術もなく食らうと、魔方陣の前まで吹っ飛ばされる。
体が思うように動かない。
魔方陣に刺さる剣に手を掛けると、刀身全てを地面に埋め込んだ。
柄を強く掴むと不動の構えを取り、デモニカに背を向ける。
デモニカの強打が襲い掛かっても、触媒を守る壁のように揺るがなかった。
触媒自身が壊されないように、隊長は魔方陣の外側に立つ。
執拗なデモニカの攻撃に隊長の足元には血溜りが出来ている。
それでも揺るぐことはなかった。

触媒が魔方陣よりも強く輝くと、大地が大きく揺れだした。
ベールの内側でダンが叫ぶ。
『隊長!はやくこちら側に!!』
隊長は顔だけを向け、弱く微笑むと、そんのまま血溜りに倒れた。
それと同時に大地は天に向かって急上昇を始める。
ルーンが発動した。
『隊長ーっ!翔竜隊長ーーーっ!!』

地面が急速に上昇していく。
いくつもの断層を持つ地面の下から巨大な樹が現れると、大地を持ち上げたまま更に成長する。
重なり合っていた惑星が完全に離れ離れとなるころ、巨大な樹の生長は止まり、抱えられた大地は地上から見ることも出来ない高さに至っていた。

翔竜隊長は巨大な樹を誇らしげに見上げている。
隊長は何もない空を見つめるとそっと呟いた。
『後を任せてもいいか?』
その言葉が合図かのように、急速に意識が遠のく。


目を覚ますと図書館の一室に戻っていた。
再び本を読み返す。
今体験したような内容は書かれてはおらず、樹上世界の始まりに殉じた人の一人として名前が書かれていただけであった。
本には神聖帝国建国まで書かれており、時折『ウキョウ』の名前は出てきたが古代語で書かれた内容を理解すのは困難だった。

本を棚に戻し、部屋を出ると司書室へ鍵を返すその足で謁見の間へと向かう。

『ありがとうございました』
『疑問は解決できましたか?』
『はい』
そう答えてウキョウを見る。
先程まで見ていた容姿から比べると、それなりに歳はとったように思える。
それでもまだ若く見える彼は、この先いつまで世界の行く末を見守るのだろう。
あの隊長と翔竜を引き合わせたのは、ウキョウではないかとも思ったが口には出さなかった。
彼は自分に魂を託して去った。
それ以上を語る必要はない。

翔竜は受け継いだ魂の重さを誇らしく思いながらボーダーへの帰路につく。

 

 

真の物語が始まる。

幾世代にも渡る長き物語が・・・・・

時と共に変貌を遂げる樹上世界

迫り来る黒き影と新たな出会い

地上への道と覚醒する精霊

 

多くの時が流れても受け継がれた意思は繋がっていく
新たな宿木と共に・・・・・

 

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